桃太郎のイヌの愚痴

ショート・ショート
土曜日(ショート・ショート)

 鬼ヶ島の帰り道。

 金銀財宝を積んだ荷車を引きながら、イヌは浮かない顔をしていた。

「どうした? イヌ?」

 後からリアカーを押していたサルが、心配そうにイヌの顔を覗き込んだ。

「気に入らない……」

 ぽつりとつぶやくイヌに、サルは優しく話しかける。

「オレらさ、何かの縁で鬼退治に行った仲じゃん。それはもう、戦友じゃん? 少なくともオレはそう思ってるよ」

 サルの優しい言葉がイヌの心を開いた。イヌは溜まりに溜まった本音を吐き始めた。

「だって、おかしいだろ? モモタロさん。待遇が違うんだよ、待遇がっ!」

 サルにはイヌの言葉が理解できなかった。

「ごめんな。オレ、お前の言ってる意味が分からない……ほんとに、ごめん」

 サルはイヌに頭を下げた。

「きびだんごだよ、御腰に付けたきびだんご。アイツ───三個も貰ってやがったんだぜ。ボクは一個だけなのに。アイツ、鬼との決戦の間。飛んでるだけだったろ? てか、モモタロさんだって、あんなヘタレだとは思わなかった」

 イヌの怒りが収まらない。

「それなぁ~。モモタロさんが、あんなに弱いとは思わなかったな。ピンチの連続だったもんな。オレとお前が援護しなきゃ、この戦は負けてたよな。てか、キジって三個も貰ってたんか? きびだんご」

 きびだんごでサルの表情も険しくなる。

「おうよ。てか、それってどうよ?」

 イヌはサルに同意を求めた。

「まぁ、確かに契約だからな……きびだんご。にしても、三倍の格差だなんて……ブラックじゃん! そりゃ、お前だって怒るよなぁ」

 サルはイヌの気持ちを理解した。それに続けてサルは言う。

「そもそもあのふたり。おかしいだろ?」

「何で?」

 イヌはサルに問い返す。あたりを見渡しサルは声を低くした。モモタロはキジを肩に乗せて数メートル先を歩いている。小声なら聞こえやしない。

「あれは、デキてるって。きっと、大人の関係だって……」

 モモタロとキジとがデキている? サルの話にイヌは食いつく。

「だってそうだろ? 鬼ヶ島の前夜。キジは何をしてた?」

 サルはイヌに問う。

「海の向こうの鬼ヶ島に偵察に飛んでったけど?」

 サルは再度イヌに問う。

「果たしてそうなのか? 戦場でキジの先導は役に立ったか?」

「アイツ……何の役にも立たなかった……ってことは?───あっ!」

 イヌは何かに気づいたようだ。

「そうなんだよ。あの夜、オレたちが寝ている隙に……モモタロさん、どっかへ行ったんだ。お前は寝ていたけどオレ、知ってんだ。あれは、きっと、あれだろ?」

 今のご時世である。サルは多くを語らない。

「そっか、そういうことか。ニャンニャンの関係か? どうりでアイツ、モモタロさんの肩の上で偉そうにしているもんな。あれってどうよ?」

 イヌは全てを察したようだ。荷車も引かず、何もせず。ただ寄り添い歩くだけのふたり。その後ろ姿に、イヌは殺意すら感じ始めた。

「でも、アイツ。オスだぜ?」

 イヌはサルに疑問をぶつけた。

「きっと、モモタロさんは気づいていない。お前だって知ってるだろ? 人間ってのは、女の方がキレイだから……キジをメスだと思い込んでいるのだろうな」

「それって、サル。キジの思惑通りってことか? モモタロさんは騙されているのだと?」

「だろうな……」

 イヌの怒りの矛先がキジへと向かった。

「許すマジ! この契約が終わったら、キジの野郎をとっちめてやる。そう思わないか? サル!」

 イヌの怒りは爆発寸前だ。明日、モモタロとの契約が終われば、キジはイヌに責められるだろう。徹底的に。そうなれば、ただでは済まない。そう、サルは思った。でも、それも身から出た錆である。致し方のないことだ。

「明日まで我慢するしかないな。その後、キジを煮て食おうが焼いて食おうが……お前の好きにすればいいさ。不味い飯屋と悪が栄えた試しなし。それが因果応報というヤツさ」

 サルは優しくイヌの背中を叩き、荷車の後ろに戻った。

(サルとは、一生の親友でいられそうだ……)

 サルの優しさにイヌは密かに涙した。けれど、現実とは残酷である。サルも三個のきびだんごを受け取っていたのだ。モモタロとキジとの関係も誤解であった。キジは偵察をさぼり、モモタロは夜の酒場を飲み歩いていた。つまり両者は、ただのポンコツだったのだ。そのポンコツっぷりにイラついたサル。その攻撃の道具に、これからイヌは使われるのだ。

「お前がモモタロに『ひとつ、わたしにくださいな』って言うから一個なんだよ……明日が楽しみだよ、本当に……」

 イヌの背中に向かって、サルはボソリとつぶやいた───その三年後、サルはカニの親子と出会うことになる。その結末は、皆さんがご存じのとおりである。それもまた、因果応報なのであった。

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