鬼ヶ島の帰り道。
金銀財宝を積んだ荷車を引きながら、イヌは浮かない顔をしていた。
「どうした? イヌ?」
後からリアカーを押していたサルが、心配そうにイヌの顔を覗き込んだ。
「気に入らない……」
ぽつりとつぶやくイヌに、サルは優しく話しかける。
「オレらさ、何かの縁で鬼退治に行った仲じゃん。それはもう、戦友じゃん? 少なくともオレはそう思ってるよ」
サルの優しい言葉がイヌの心を開いた。イヌは溜まりに溜まった本音を吐き始めた。
「だって、おかしいだろ? モモタロさん。待遇が違うんだよ、待遇がっ!」
サルにはイヌの言葉が理解できなかった。
「ごめんな。オレ、お前の言ってる意味が分からない……ほんとに、ごめん」
サルはイヌに頭を下げた。
「きびだんごだよ、御腰に付けたきびだんご。アイツ───三個も貰ってやがったんだぜ。ボクは一個だけなのに。アイツ、鬼との決戦の間。飛んでるだけだったろ? てか、モモタロさんだって、あんなヘタレだとは思わなかった」
イヌの怒りが収まらない。
「それなぁ~。モモタロさんが、あんなに弱いとは思わなかったな。ピンチの連続だったもんな。オレとお前が援護しなきゃ、この戦は負けてたよな。てか、キジって三個も貰ってたんか? きびだんご」
きびだんごでサルの表情も険しくなる。
「おうよ。てか、それってどうよ?」
イヌはサルに同意を求めた。
「まぁ、確かに契約だからな……きびだんご。にしても、三倍の格差だなんて……ブラックじゃん! そりゃ、お前だって怒るよなぁ」
サルはイヌの気持ちを理解した。それに続けてサルは言う。
「そもそもあのふたり。おかしいだろ?」
「何で?」
イヌはサルに問い返す。あたりを見渡しサルは声を低くした。モモタロはキジを肩に乗せて数メートル先を歩いている。小声なら聞こえやしない。
「あれは、デキてるって。きっと、大人の関係だって……」
モモタロとキジとがデキている? サルの話にイヌは食いつく。
「だってそうだろ? 鬼ヶ島の前夜。キジは何をしてた?」
サルはイヌに問う。
「海の向こうの鬼ヶ島に偵察に飛んでったけど?」
サルは再度イヌに問う。
「果たしてそうなのか? 戦場でキジの先導は役に立ったか?」
「アイツ……何の役にも立たなかった……ってことは?───あっ!」
イヌは何かに気づいたようだ。
「そうなんだよ。あの夜、オレたちが寝ている隙に……モモタロさん、どっかへ行ったんだ。お前は寝ていたけどオレ、知ってんだ。あれは、きっと、あれだろ?」
今のご時世である。サルは多くを語らない。
「そっか、そういうことか。ニャンニャンの関係か? どうりでアイツ、モモタロさんの肩の上で偉そうにしているもんな。あれってどうよ?」
イヌは全てを察したようだ。荷車も引かず、何もせず。ただ寄り添い歩くだけのふたり。その後ろ姿に、イヌは殺意すら感じ始めた。
「でも、アイツ。オスだぜ?」
イヌはサルに疑問をぶつけた。
「きっと、モモタロさんは気づいていない。お前だって知ってるだろ? 人間ってのは、女の方がキレイだから……キジをメスだと思い込んでいるのだろうな」
「それって、サル。キジの思惑通りってことか? モモタロさんは騙されているのだと?」
「だろうな……」
イヌの怒りの矛先がキジへと向かった。
「許すマジ! この契約が終わったら、キジの野郎をとっちめてやる。そう思わないか? サル!」
イヌの怒りは爆発寸前だ。明日、モモタロとの契約が終われば、キジはイヌに責められるだろう。徹底的に。そうなれば、ただでは済まない。そう、サルは思った。でも、それも身から出た錆である。致し方のないことだ。
「明日まで我慢するしかないな。その後、キジを煮て食おうが焼いて食おうが……お前の好きにすればいいさ。不味い飯屋と悪が栄えた試しなし。それが因果応報というヤツさ」
サルは優しくイヌの背中を叩き、荷車の後ろに戻った。
(サルとは、一生の親友でいられそうだ……)
サルの優しさにイヌは密かに涙した。けれど、現実とは残酷である。サルも三個のきびだんごを受け取っていたのだ。モモタロとキジとの関係も誤解であった。キジは偵察をさぼり、モモタロは夜の酒場を飲み歩いていた。つまり両者は、ただのポンコツだったのだ。そのポンコツっぷりにイラついたサル。その攻撃の道具に、これからイヌは使われるのだ。
「お前がモモタロに『ひとつ、わたしにくださいな』って言うから一個なんだよ……明日が楽しみだよ、本当に……」
イヌの背中に向かって、サルはボソリとつぶやいた───その三年後、サルはカニの親子と出会うことになる。その結末は、皆さんがご存じのとおりである。それもまた、因果応報なのであった。
コメント