巨大なUFOの黒い影

土曜日(ショート・ショート)

 俺たちは土手にいた。

 お日様は暖かいし、やることねーし。川の土手に寝そべりながら、青い空にぽっかり浮かんだ白い大きな雲を眺めていた。俺の隣で寝転んでいるのは、職場の同僚、鈴木である。今年で入社三年目。金なし、趣味なし、彼女なし。こうして転がってりゃ、金もいらない。コンビニでパンとコーヒーを買ってきて、土手でランチがお似合いだ。

「佐藤さんよ、彼女できたか?」

 鈴木が俺に聞く。知ってるくせに、そんな上等なのいるワケねぇ。

「そんなのいるわきゃねーべ、知ってるくせして……」

 不機嫌気味に俺は答える。

「そうだよなぁ、俺たちいつも一緒にいるもんなぁ」

 鈴木が大きくため息をついた。

「なーんかさぁ、ゾクゾクすることってないかいな? 天地がひっくり返るような大事件とか……」

 俺が鈴木に尋ねた。もはやこれは、いつもの〝お約束〟というヤツである。

「そんなもん、あわわわわわわ!!!」

 とうとう、鈴木が壊れたか? 春だもんなぁ、春になると変な人が現れるつーもんなななななななななななな!!!!

 大きな白い雲の中に何かが見えた。巨大で黒い謎の物体。それは、雲の中に山でも隠れているかのよう。でもあれは、どう見たって金属だ。漆黒の金属の塊が宙に浮いてる。

 俺たちは、とっさに周りを見渡した。こんなの気づけば、誰もがざわめくはずだ。しかし、騒ぐ人などひとりもいない。そこで、雲を指さしている少年だって。雲を見ているようで、雲の中まで見ていない。大切な何かを見逃している。

 少年よ、心の目でしっかり見ろや!

 巨大な影にパニくっているのは俺たちだけだ。この天下の一大事に、のほほんと弁当を食ってるヤツらがお花畑の住民に思えた。逆にこれは、銭の香り。俺はスマホを取り出して、黒い影の撮影を始めた。これはまさに、怪獣やパニック映画でよくあるシーンだ。

「佐藤さんも、同意見?」

 鈴木もスマホで雲を撮影している。

「これってさぁ、どこで買ってくれるんだっけ?」

 俺が鈴木に尋ねると

「テレビ局なら買ってくれるんじゃね? ほら、テレビって、YouTubeの動画ばっかテレビで流してるから。きっと、三十万くらい出してくれるかもよ」

 さ……三十万かよ? 俄然、俺はやる気を出した。それだけあれば、焼肉食い放題が何度も食える。ステーキだって夢じゃない!

土手で寝転んでのUFO撮影。この姿勢が実に丁度いい。いつまでも撮影していられる。楽ちんだ。巨大な影は、雲に隠れるように雲の動きとシンクロしている。巨大な影がクラッシックなアダムスキー型に見えた。

「あいつら、攻撃とかしてこないよな?」

 銭の興奮から正気に戻った鈴木が俺に問う。

「どうなんやろな? 攻撃するなら、もうしてないかい?」

 俺は銭の使い道を考えながらそう答えた。

 世の中は銭である。銭さえあれば何でも買える。家も、車も、自由も、彼女だって……。きっと、この世は地獄なのだろう。この世界が天国とかユートピアなら、ただの紙切れを奪い合ったりしないのだから……てか、あいつらも気づきやがった。

───あれ、UFOじゃね?

 さっきまで無関心だった人々が、スマホを天にかかげ始めたのだ。逃げ出す者など皆無であった。赤子を抱えた母親でさえもがスマホを天にかざしている。その姿に俺は焦った。早めに手を打たなければ、銭の取り分が減ってしまう。

「鈴木、しっかり最後まで撮影してくれよ。俺のは動画サイトへアップする。早いもん勝ちだ!」

「オッケー! 金は山分けだぞ」

 動画撮影を鈴木に任せて、俺は動画サイトへ投稿し、続けてテレビ局に電話した。やったもん勝ち、スクープは先手必勝なのである。

「巨大なUFO撮影に成功したんですが、この動画を買ってくれますか? 撮影場所は〇〇です」

 俺は電話に向かって交渉を始めると

「何を言ってるんですか! 今すぐそこから逃げてください! テレビを見てなかったんですか! あれは、UFOなんかじゃありません!!!」

 ヒステリックな金切り声が返ってきた。

 何だよ、何だよ、俺たちのスクープが……。

 それが脳裏を駆け抜けた瞬間、俺の視界が真っ白になった。薄れゆく意識の中で俺は思う。どうしてすぐに逃げなかったのか、危険を察知できなかったのか?……そこから先の記憶はない。その場にいた俺たち全員。動画撮影の欲求に、賞金稼ぎの欲求に───命を守るべき本能が、脳の安全装置リミッターが壊れていた……。

 それが危険予知と引き換えに、欲求を満たし続けたスマホ社会の落とし穴かもしれません。

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