オッツーと学校の門を抜けるとツクヨだった。
ツクヨと、じいちゃんと、忍ちゃんが立っている。俺たちを見つけると、幼稚園児ふたりがコソコソと話し始める。どうして女の子は、早口でコソコソと喋るのだろう……それがいつも不思議だった。
「どうしたん? じいちゃん」
俺はじいちゃんに訊く。
じいちゃんは、にこにこ笑って何も言わない。じいちゃんの足元で、幼女のコソコソ話が終わらない。お前らそれ、御前会議か? コソコソの合間で「はよ、いけっ!」っと、忍ちゃんの声がする。忍ちゃんはツクヨと同じ幼稚園のモモ組さんだ。俺は忍ちゃんが苦手だった。それは、もうすぐ分かるだろう。
「コソコソ……コソコソコソコソ……はよ、いけっ!」
ツクヨに忍ちゃんがけしかける。
「ツクヨ、どうした? あ、忍ちゃん。こんにちは(笑)」
俺は笑顔であいさつをする。
「なんや!」
ほらね。
忍ちゃんが、ボーイッシュなヘアースタイルだったら、そこまで思うこともない。それは見た目の雰囲気だ。けれど、超ロングヘアのお姫様カット。どこから見てもお嬢様。そんな容姿で言われると、何故だか俺の心が傷ついてしまうのだ。
でも、この子は言葉遣いが荒いだけ。心は清いに決まってる。この塩対応だって、俺だけじゃないはずだ。でも、返しの言葉がみつからない。今のご時世、何かの間違いで泣かれても困る。だから、この子が俺は苦手だ。
「はよ、ゆけっ!」
モジモジしているツクヨの背中を忍ちゃんがグイっと押した。テテテテテ……ツクヨはオッツーの前で立ち止まる。園服の中に、針金でも入ってるかのようにカチカチだ。
「はよ、ゆえっ!」
忍ちゃんの小さな口から、声の弾丸が発射される。じいちゃんは、にこにこ笑っているだけである。きっと、事情を知っているのだろう。いつも、余裕のじいちゃんだった。
「わたしのオッツー。これっ! おみやげぇ!!!」
ツクヨは顔を真っ赤にして、オッツーに紙袋を差し出した。それに困ったのがオッツーである。ツクヨの〝わたしの〟に反応した、同級生やら先輩たちが気になるのだ。幼くても女子は女子。
花の中1だもの、思春期だもの、そりゃそうなる。
「ありがとう、ツクヨっち。でも、これどうしたの?」
オッツーが優しくツクヨに問いかける。
「うんとね、おみやげ」
大きな声でツクヨが答える。
それを見ていると、俺の足元から忍ちゃんの声がした。
「おまえは、みるなっ!」
すると、じいちゃん華麗に回れ右だ。やれやれ……俺はじいちゃんの隣に立った。そして、じいちゃんに事情を尋ねた。だって、こんなの気になるじゃん? けれど、じいちゃんは何も言わない。
……そういえば、正月明け。ツクヨはアヤ姉と一泊二日でお出かけだった。きっと、そのお土産なのだろう……俺には何もなかったけれど。
まぁ、後でオッツーに聞けばいっか……。
俺はじいちゃんとトンビの姿を眺めて待った。寒空にトンビが大きな円を描いている。そうだった、そうだった。明日から2月の始まりか……。トンビに油揚げ……こんな日は、ゲンちゃんうどんが恋しくなる───熱々のきつねうどんが食べたいなぁ。
しばらく待つと、忍ちゃんからの許可が出た。
「もう、ええで」
この子の言葉は基本的に命令形。そして、一言、一言が刃となって、俺の心にグサッと刺さる。この子の〝忍〟は耐え忍の〝忍〟じゃないな。きっと、心に刃を持っている方の〝忍〟ちゃんだ。
「あ、ありがとう……」
何で俺がお礼を言うのか? そう思いながらも言ってしまう。間髪入れずに、じいちゃんが俺に声をかける。
「三縁は、真っすぐ帰るのか?」
いや、真っすぐ帰ると、もれなくこの子がついてくる。それは嫌だ。俺は真っすぐ帰らず、オッツーの家に寄ることにした。
「俺、オッツーと話があるから……さっきの件で」
「そっか、そっか。じゃ、ツクヨたちは帰ろうな。忍ちゃんもお家に帰ろう」
「はい!」
ツクヨと忍ちゃんは、声をそろえて返事した───なんでなん? 塩対応は、俺だけか?───この際だから言っておこう。未来永劫、俺だけだった……。
このお土産が、アケミとゆきとを巻き込んで、後に大問題を引き起こす。何も知らない俺たちは、オッツーの家でツクヨのお土産を食べていた。
「サヨっち、このアポロでっかいなぁ」
これが、ツクヨの富士山アポロ。そのデカさに、俺のブログ脳が動き出す。
「これ、ブログネタになるやん」
サクッとスマホを構えた俺に、おっとりオッツーが止めに入った。
「これは、流石にマズいんちゃうか?」
オッツーの助言は正解だった。
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