ショート・ショート『電子メール』

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自家菜園

 スマホから、いつものようにメールをチェック。いつものように軽くイラ立つ。相も変わらぬスパムメールがウザいのだ。

 なんだよ、なんだよ、ご近所の奥様なんかより、ご近所の猫様の方が、ずっと、よっぽど俺は癒されるんだよ!よくもまぁ、こんなクソメールが飛ばせるものだ。即ハメだって? そんなメールはゴミ箱へ即ハメじゃい! お巡りさーん、とっとこコイツら懲らしめておやりなさい!

 迷惑メール、迷惑ファックス、オレオレ詐欺に架空請求…。通信会社とドメイン会社は、犯罪の温床ですかぁ? 仮にも企業と名乗るなら、とっとと手を打て、この野郎!

 その気になれば、犯人捜しだって簡単だろ? 赤子の手をひねるよりも簡単だろ? そんなの小学生でも分かる理屈だろ? 毎日、毎日、楽天とアマゾンから警告メールが届いて、たいやきくんくらい嫌になっちゃうよ(怒)

 なぜやらない?

 出来ないんじゃない、やらないんだろ? わざとだろ? もしかして…付き合ってんの?

 そんな意味から、俺はあの手の企業に悪意さえ感じている。金になるから…そんな理由で放置しているとしか思えないのだ。それは、みんなも同じだろ?

 人類の共有財産を犯罪に使うヤツが悪ならば、金取ってそれを貸すヤツも悪である。悪質なドメイン報告。悪質な番号報告。キャリアがそれに目を光らせば済む話。1+1より簡単だ。

 そんな愚痴をこぼしながら、俺は今日のメールに目を通すと、タップする指がピタリと止まった。

 ……このメアドは…。

 それは、俺にとって忘れられないアドレスだった。〝すみません〟という題名に、俺の心臓が大きく揺れた。

 ……もしかして……でも、それはない……

 もう、彼女はこの世にいないのだ。これは、悪質ないたずらか? そう思うと、ふつふつと怒りに震える。百歩譲っても怒髪天だ。

 お前だけは絶対に許さねぇ。トコトン調べて、調べあげて、尻尾を掴んで徹底的に痛めつけてやっからな!

 メールを開いて内容確認。

〝りんです。いつも楽しくブログを拝読しています。夜分遅くに失礼します。……〟

 なぜこれが…あの日と同じ文面だった。

 あり得ない、あり得ない、あり得ない。めまいが一瞬、俺を襲った。こんな事って……でもやっぱり、あり得ない……。

 震える指先と歪む視界。怒りが起爆剤となり、俺の心に火がついた。より詳細な情報を得るため、俺はパソコンからメールを調査。

 そのメアドは思ったとおり、現在、使われてはいなかった。だとすれば、考えられるのは〝なりすまし〟である。それは、別のメアドを彼女のメアドに見せかける手法。それが意図的であるのなら、その所業は死者への冒涜。俺にとってのそれは、万死に値する罪である。

 お前ら、絶対、許さない!

 血祭りに上げてやる! 徹底的に調べあげ、こいつの正体だけは見定める。俺は、俺の全知識を使って、このメアドを解析した。

 ところが解析の結果からは不審な部分が見つからない。このメールが現在つかわれていない事をのぞけば、ただの普通のメールであった。

〝文章は、印刷して読むと別の顔が見えますよ(笑)〟

 ふと、彼女の言葉を思い出す。そして俺は、このメールをPDF化させコンビニで紙の姿に印刷した。

 何度も何度も読み返す。読み返すうちに、胸に熱いものがこみ上げた。くそったれ。しばらくの沈黙のあと。頭を冷やして目をとおす。そこではじめて違和感を感じ、そして俺は確信した。このメールはホンモノだと。

 メールの日付が去年であった。

 俺はパソコンの前に座り込み、彼女のメールを保存したフォルダをひらく。発信日時は、このメールと全く同じ日付であった。受信時刻までもが同一だった。

 返事をすべきか、しないべきか……そもそも、返信しても届くのか? 去年の返信内容をコピペして、送り返して返事を待った。

 胸の高鳴りが抑えられない……。

 翌日、去年とまったく同時刻。彼女からのメールが届く。その内容も去年と同じ。

 それから奇妙なメールのやりとりがはじまった。送られたメールに対して、過去に自分が書いた返事をそのまま返す。

 その次も、次の次も。

 あの日から、去年と同じやり取りが続く。そして俺の心に浮かんだ絵空事。もしかして……このメールは時間を越えて……? 自問自答を繰り返しながら、俺たちの刻が過ぎてゆく。運命の日までもう一度、俺はそれを繰り返す。でもそれが、かけがえのない幸せな日々に感じられた。

 俺は悩んだ、未来を彼女に告げるかどうかを。

 彼女亡き後。

 彼女がクリスマスに望んだものを知人から告げられた。彼女の幸せのハードルは、今の女の子たちに比べて、あまりにも低かった。そんな事くらい……いつだって。そんな些細なお願いだった。メールからでも叶えられる願いであった。

 そして、クリスマスの前夜。去年と同じく彼女からのメールが届く。俺は、あの日と違う返事を返した。それは彼女へ向けた、クリスマスプレゼントのつもりであった。

 すると、秒で返事が戻る。

〝ほんとに、ほんと? ありがとうございます(笑) わたし、とても、とてもうれしい〟

 それから俺は去年とは違う、今の想いをメールに綴りはじめた。彼女からの返事は、それに連動するかのように変化した。

 恥ずかしがり屋の彼女が残した伏線の全て。それを、俺にとっての二度目のやり取りから回収できた。

 でも、俺らが進む道は去年どおり。未来は決して変わらない。去年と同じ日に彼女は入院し、去年と同じ日にオペを受けた。そして忘れられない運命の日。そこで途切れるはずのメールが届く。

〝来週、退院します(笑)〟

 その瞬間、俺のメールボックスに溢れんばかりの未読メールが出現した。それは、未来が変わった瞬間でもあった。読むだけでも膨大な数。でも俺には、それを読む必要がまるでない。読まなくても内容を知っている。あのメール、覚えてる。このメールも覚えてる。全部のメール、俺の記憶が覚えているのだ。

〝ありがとな。おかえんなさい(笑)〟

 今日の日付の最新メール。たった一行に想いを込めて、俺の返事がこれであった───えっ? 彼女へのクリスマスプレゼント? それを聞くのは野暮ってものだよ(笑)

 あ、ごめん。りんからメールの返事きた(汗)

コメント

  1. キジとらさん、おはようございます。
    素晴らしいショートショートです。
    引っ込まれました。
    また「、楽しいブログを見せてください。
    私のブログはキャベツ球になる。見てください。

    • 猫五郎さん、こんばんは。
      ショート・ショート、読んでくれてありがとうございます。
      たまにこんなのも書きますから、よろしければ読んでみて下さいね(笑)
      昨日だったか、一昨日だったか、ランキング2位おめでとうございます。
      凄いなぁ。

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