025 エンドロール
友だちと、家族と、恋人と……夜の動物園は賑やかだ。
その人混みに溶け込むように、俺たちの向かう先はシロクマだった。それが、彼女の二度目のおねだりだったから。
「一緒にシロクマさんが見たいです……あ、嫌なら……ごめんなさい……ホッキョクグマの水中トンネルで、シロクマさんが間近に見られて、肉球が……あ、そんなの嫌ですよね……ごめんなさい」
二度目のおねだりは、のんの生声。これはもう、二度目の初めてのおねだりだと俺は思った。
「そんなのお安いご用です」
俺は心の中で叫んだ。一億回だって、喜んで!
白い雪に反射したイルミネーションの輝きが、クリスマスムードを盛り上げる。余程、シロクマが好きなのだろう。のんから緊張の色が消えた。
「うわぁ~! ロッシー君とバニラちゃんだぁ!」
のんは俺の腕をつかんで、シロクマの元へと駆け出した。恋愛偏差値ゼロの俺は、シロクマよりも腕の感触にうろたえた。ラテンのリズムに乗って、今にも心臓が飛び出しそうだ。嗚呼、神よ……もう少しだけ……このままで……。
「見てみて! シロクマさん!!!」
のんの無邪気な笑顔は、白銀の天使だった。
───ブッブブー♪
スマホを開くと我が姪っ子からのメッセージ。
あ~~~。もう、こんな時に……ツクヨのおじゃま虫め……。
───サヨちゃん、メーリークリスマス(笑) のんちゃんと見てね♡
それは、短い動画のようだった。ムムム……これを開いてよいものか? 一瞬、俺は考えた。
「どうしたの?」
のんが俺の顔を覗き込む。顔が……近い……。もう、俺の心臓が耐えきれない。精神統一! 紳士の振るまい、紳士の振るまい……。
「ツクヨからの動画です……『のんちゃんと見てね』と書いてありますが……見ますか?」
俺はメールの説明に徹した。こめかみの血管がドクドク鳴ってる。近いうちに張り裂けそうだ。今の俺の顔、トナカイの鼻くらい赤いのだろうな……。
「うん!」
天使の仰せのままに、俺はツクヨからの動画を開く。そこには、ツクヨとオッツーのニヤケ顔。これから何が起こるのか? 俺は今、目に見えぬ恐怖と戦っている。
「はじめまして、かぐやちゃん。オレがオッツーで、こっちがツクヨ。正義の味方からのプレゼントだぁ!」
───ギュィィーーーーン!
オッツーは、腰のベルトを鳴らした。
ツクヨは風車の中心を小さな指でツンツンしている。それは、いつもの条件反射だけれど、ツクヨはいつもよりも激しく突いた。
これが、噂のビデオレターというヤツか?
「ツクヨちゃん、可愛いねぇ。オッツーさんは大きいのね」
のんは楽しげに動画を見ている。お次は、アケミとゆきのコンビが並ぶ。
「えっと、アケミです。メリークリスマス(笑) かぐやちゃん、サヨちゃんをよろしくね……」
「かぐやちゃん、はじめまして。ゆきです(笑) サヨちゃん、ちゃんとかぐやちゃんをエスコートできていますか?」
のんは、放課後クラブのメンバーたちの顔を見るのが初めてだ。
「この子がアケミで、この子がゆき……」
ふたりで動画を覗き込むと、のんの顔が再び大接近! 紳士の振るまい、紳士の振るまい……俺はメンバーの紹介に徹しながら、それと同時に心の底から神に願った。
───誰も余計なことは言わないで……。
そして、最後は桜木である。桜木は完全安パイだ。だってそうだろ? いつだって、桜木は紳士の振るまいだもの。
「カノンさん、お久しぶりです」
なんで知ってる? のんの名前。俺、さっき聞いたばっかやで?
「カノンさんが、僕の顔を見るのは転校して以来ですね」
ん?
「小学時代から、僕は随分と変わったと思います。きっと、カノンさんはステキな女性になったでしょう。あなたとの約束が果たせて、僕も最高のクリスマスになりました。ありがとうございます。きっと今頃は、飛川君とデートですね。しっかり楽しんでください(笑)」
悔しいほど爽やか笑顔。
今年最高の桜木スマイルに俺の心はざわつき、動画の中ではパニックだ。
「マジっすか?!」
「マジっすか?!!」
動画の中でツクヨとオッツーの声が重なった。
「マジっすか?!」
俺の口からも同じ言葉が飛び出した。
動画の中でパニックが止まらない。カメラアングルが天を仰ぎ、グラグラと揺れながらアケミの顔を映し出した。撮影者はツクヨであろう。揺れ続ける画面は、モキュメンタリーの様相を見せ始める。
「何それ? 桜木君! のんちゃんとリアルな知り合い? そんなことって……ある? ってか、か、か、か、カノンさんて、の───」
プツッ!
慌てふためくアケミの顔で、添付動画がプツリと切れた。
俺よりも、ずっと前から桜木はのんを知っていた? のんと同じ小学校に通っていた? その事実に俺の思考が追いつかない。桜木の本が詰まったランドセル。それを覗き込んだ小三の二学期から昨日まで……俺の記憶の乱反射が止まらない。
「どうかしました?……あ、ごめんなさい……」
一瞬、思考停止状態になった俺を、のんは心配そうに見つめている。その顔は、困り顔のプリンセス。
「あのぉ……桜木君とは……昔からのお知り合いで?」
「うん!」
のんは笑顔で返事した。
そして、モジモジしながこう言った。
「なんかねぇ……あのねぇ……えっとねぇ……名前で呼んでもいいですか?」
「もちろんです!」
「あ! 三縁さん。ほら、見てみて!」
細くて白い指の先。俺はキレイな指に見とれてると
「こっち、こっち」
と、指先が蝶の羽のように上下した。
「あ、ごめん、ごめん……うぉ!!!!」
我に返ると、ガラス越しのシロクマだった。
「三縁さん。可愛いですね、二匹並んでいますよ」
のんの笑顔が眩しかった。
この物語は、まだ終わらない。のんと俺との物語は、今始まったばかりなのだから。
のんちゃんのブログ王───To Be Continued !!!.
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