こんばんは、斎藤です。
では、先週の続きから……僕がファイルを発見した経緯からお話しよう。
僕は、僕の大切な人のために嫌いな奴と手を組んだ。そして、僕の知り得る輪廻転生についての情報を彼らに流した。さも、偉そうに……。詳細と経緯は〝邂逅〟で記されたとおりである。
思春期の若者ならば、誰だって都市伝説の類が好きだ。動画サイトの再生回数を調査すれば、それは紛れもない事実である。今も昔も毎日のように、人類滅亡の考察と予言もどきの動画が公開され続けている。無意味な情報に踊らされる人々の姿は滑稽だ。
ネットでどれだけ調べても、手に入る情報には限りがある。新発見をしたような気になっても、どこまでも同じ顔。同じ味の金太郎飴を舐めているにすぎないのだ。下級国民の手に入る情報など、何の役にも立たないからだ。真実とは、別の場所に隠されているのだから。
〝嘘の中に隠された真実〟
そんな言葉を信じ、うわさ話に時間を費やす。情報とは格差である。下級国民と上級国民では、情報の質がまるで違うのだ。輪廻転生は事実ある。肉体はただの器で、魂は何度でも転生可能。これが一般常識となれば、こぞって人々は死を選ぶだろう。そして、リセマラを繰り返す……快感ある人生を求めて。
人は我がままで怠け者だ。セックスに快楽を与えなけば、人は子作りをしなくなる理論と同じである。そうなると、支配者側にとって都合が悪い。だから、情報を捻じ曲げて庶民に真実をひた隠す。これが本質というものだ。
その不都合な情報は、政府のARS(アカシックレコードサーバー)内で厳重に管理されている。レベル・ゼロからレベル・ファイブまでのランクがあり、僕がパパのパスを使い、自由にアクセス可能な領域はレベル・ファイブまでである。僕が成人すればレベル・フォーへのアクセスを許可される。僕はその上を目指している。
市議会議員程度では、ARSの存在すら知らされないであろう。政府からの打診があるとすれば、その人物は優秀である証。それほど、重要かつ危険な情報が管理されているのがARSである。
そのレベル・ファイブで得られる情報は、問題解決済み、危険回避済み、これから情報公開予定。その情報に限定される。僕らはレベル五を通称〝ゴミ箱〟と呼んでいる。ちなみに、タイムマシンの実験記録はレベル・ワンにあると言われている。レベル・ゼロにある情報は、否、レベル・ゼロで実験されているものは、もう一つの地球である。僕らの地球を完全コピーしたシミュレーションが実行されている。
そこでは、草、木、花、魚、動物、人間……地球上にある様々な情報が蓄積され続けている。つまり、地球の未来予測。彼らの目的は完全なる未来予測……と、言われている。君たちの時代、どうしてマイナンバーを無理やりにも強行したのか? 未来を自由に操る力。その答えがそれなのだろう……。
ARSのゴミ箱の中。論文、記録、公開情報の中で、僕は〝呪いのフォルダ〟を発見した。フォルダの中には、とある物理学者の論文と、とある人物の日記があった。
君たちの時代で囁かれている都市伝説は、その日記の断片的な情報である……。今回は時間の関係で、日記の一ページ目だけを公開しよう……。
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───cursed-folder-case2 (1975-03-10 04-15)
一九七五年三月十日。
田所博士が失踪して一年が過ぎた。失踪の原因は未だ不明である。けれど、奥様の死が大きく影響したのだと私は思う。あれほど愛されておられたのだ。私だったらと思うと胸が痛い。もし、私の彼女だったら……。博士は物理学の権威であった。私は長年、博士の助手を務めた。先日、博士のご子息から相談があった。博士の家を整理したいという。ただ、不明な機器や機械。そして、書籍や論文の扱いに困っているそうだ。私は大学の春休みに合わせて、一度お伺いすると約束した。もしかしたら、そこで博士の失踪原因の糸口がみつかるかもしれない……。
一九七五年三月二十日。
ついにやった! 私はプロポーズをしたのだ。結婚してください。勇気を振り絞って私は言った。彼女は私のプロポーズを受けてくれた。彼女の細い薬指に指輪をはめると、彼女はうれしそうに空に手をかざしてダイヤを見つめた。今日は人生で最高の一日だった。その夜、私たちは永遠の愛を確かめ合った。彼女もまた、物理学者だった。
彩夏……君はオイラーの数式よりも美しい……。
一九七五年三月三十日。
結婚式の準備の傍ら、私は博士の家を訪問した。ご子息からカギを預かり、一年間放置された家の中に入った。几帳面な博士らしく整理された室内である。ただ、机に積もったホコリが一年の時の長さを感じさせた。私は本棚でナンバリングされた論文を見つけた。〝代替宇宙に関する考察と実現〟───実に興味深い内容だ。それを研究室に持ち帰り、私は夢中で論文を読み漁った。彼女と論文。私は、ふたつの宝物を手に入れた。
実に幸せ者な男である。
一九七五年四月五日。
彼女が私の研究室に遊びに来た。いつも君は美しい。博士の論文を彼女に見せると、彼女も論文の虜になった。そうだ、ふたりで論文を解き明かそう。私の頭脳と彼女のインスピレーションさえあれば、鬼に金棒である。その前に、私は彼女と唇を重ねた。
幸せだ。
一九七五年四月十五日。
ビッグニュースだ! 博士の家で隠し部屋を発見したのだ。それは、八畳ほどの地下室である。七〇年代の日本で地下室の発想など誰にもない。真空管とコンデンサとで組み上げられた機械が部屋の大半を占めている。むき出しの配線が人体の血管のように見えた。地下室の奥にある、ゲートのようなドアを開くと、コンクリートの壁であった。別の部屋でも作るつもりだったのだろうか? 私の想像力が追いつかない。
明日、彩夏をここへ呼ぼう……。
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