呪いのフォルダ(肆)

ショート・ショート
土曜日(ショート・ショート)

───cursed-folder-case4(1975-05-15 07-04)

 1975年5月15日。

 今、わたしは彼が残した日記を読んでいます。この日記にわたしの文字を付け加えながら。ねぇ、あなた。こうして読むと、交換日記みたいよね。ねぇ、あなた。どうしてわたしを置いて行ってしまったの? お願いだから帰ってきて。もうすぐ、わたしたちの結婚式なのよ。

 わたしの健太郎さん……。

 1975年5月20日。

 健太郎さんは死んだ。

 5月1日、事故で死んだ。わたしが病院に駆けつけたときには遅過ぎた……即死だった。

 健太郎さん。披露宴会場とか、ケーキとか、ドレスとか……。今日ね、すべてのキャンセルを済ませてきました。わたしに残ったのは、あなたとの想い出と前撮り写真だけになりました。この日記帳に、健太郎さんの文字はないけれど、あの日から、わたしが続きを書いています。

 文字だけでいいから……健太郎さん、わたしの元へ帰ってきて……。わたし今、とても寂しいの……。

1975年6月10日。

 健太郎さん、健太郎さん、健太郎さん……。

 あなたの名前を何度も呼びました。何度も泣き明かしました。でも、あなたは帰ってきませんでした。わたしは、あれからも研究していたのよ。田所たどころ博士の論文と装置の仕組みを。今日、新しい実験に入るの。わたし、あの扉の向こうへ行ってみる。だって、健太郎さんのいない世界に興味ないもの。メモリを1つだけ動かして……では、行ってきます。

 もし、わたしがこの世界に戻れなかったら。
 もし、この日記を誰かが見つけたら。
 これは非常に危険なものです。
 この世にあってはいけない装置です。
 この装置ごと論文と日記を処分してください。

1975年6月10日。

 あの扉の向こう側で、わたし、健太郎さんと会いました。健太郎さん、びっくりしていたけれど、わたし、健太郎さんを見て泣いちゃいました。だって、健太郎さんそのものだもの。向こう側のわたしは、講演で東京なの。それは、健太郎さんも知ってるでしょ? 7月までの長期出張。それが終わると結婚式。新婚旅行は夢のハワイ島。休日をふたりで過ごすの……。

 わたし、東京へ行く日がズレたって嘘をついて、健太郎さんと一夜を共にしました。これ、浮気ですか? わたしには、もう何もかもが分かりません。でも、とても幸せでした。

 この世界に戻る方法は簡単です。同じ場所に同じ装置があったから。他の世界でも同じでした。この装置がある世界にしか行けない仕組みのようです。

 どの世界の健太郎さんもステキでした。

 でも、メモリの数字が小さい世界では、やはり、健太郎さんは事故に遭います。今度は大きくメモリを大きくずらさないと……。

1975年7月4日。

 健太郎さん。

 もうすぐ、わたしたちの結婚式ですね。わたし、とても幸せです。あなたが事故に遭わない世界を見つけ出しました。その世界で、わたしは健太郎さんの花嫁になります。一生、あなたに添い遂げます。

 その前に、大切な仕事を済ませないと……。

 ねぇ、健太郎さん。

 田所博士もわたしと同じ。別の世界の奥様と……。明日は、わたしたちの結婚式。その前に、わたしにはすべき仕事が残されています。わたしは、わたしを殺してあなたと生きたい。そして、健太郎さんを永遠に愛します。今から行きます。健太郎さん、待っていてください。

 向こうの世界の装置は、わたしが破壊します。誰の邪魔も入らぬように……だかた、この装置は必ず破壊してください。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ご無沙汰していました。斎藤です。

 これが日記に書かれた全容です。全てのページを撮影したデータがフォルダ内に収められていました。論文についても同様です。けれど、重要な数式情報は上位フォルダに記録されているようです。仮に論文を読み解けるほどの知能があっても、装置を作ることは不可能でしょう。

 この論文と日記が人の手を渡りながら、手にした人物は必ず神隠しのように姿を消したそうです。今回の事例のほかに、裕福な暮らしの自分と、片思いの異性と付き合っている自分。もしくは、自分を虐めたやつらを虐めている自分……に入れ替わったのでしょう。

 人間は弱い。

 この装置を見つけたら、僕だって、輪華りんかさんと恋人関係にある世界を選ぶでしょう。これほど僕は、輪華さんを愛しているのに……。

 残念ながら、パラレルワールドへ行ける装置は2030年に破壊されました。最後に日記を手に入れた老人によって。その老人は、警察での取り調べに対してこう語ったそうです。

 どんな理由があろうとも、どんなにそれを求めようとも、それがたとえ自分であろうとも。人を殺めた先にあるのは地獄でしかないと。たとえ娘であっても、私はそれを許さない……。

 老人が持つ手には、あの前撮り写真が握られていたそうです。

 

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