偽りの読書感想文

ショート・ショート
土曜日(ショート・ショート)

───彼女の気持ちを知るために、僕は、目を塞ぎ、耳を塞ぎ、口を塞いだ。彼女の名は、ヘレン・ケラー……。

 夏休みの読書感想文。それが、僕のトラウマだ。

 小学四年の春、新学期。島の小学校に新しい教師が赴任した。若い女の先生だった。新しい先生に、僕らは興味津々だったけれど、行動も、言動も、授業も……彼女のすべてがギクシャクしていた。

 島の子どもはコミュニュケーション能力に欠ける。意見があっても言葉にできない。考えがあっても文書にできない。つまり……上手く反論できない。それは、どうしようもないことだ。何をするにも高圧的でヒステリック。僕らに手を上げることが何度もあった。彼女の器が小さすぎたのだ。

 彼女の素行に父兄からの苦情も上がる。当然だ。それでも変わらぬ彼女の振る舞い。それが、PTAの議題にもなったらしい。ばあちゃんが、そう言っていた。それでも心を入れ替えることもなく、平然と彼女は一学期を過ごした。

 一学期の終業式、僕らは心の中で安堵した。これから始まる夏休み。その間だけでも彼女の顔を見ずに済むのだ。そんな夏休みもあっという間に過ぎ去った。新学期、教室に入ると彼女がいた。僕らは半ば諦めて、彼女にされるがままになっていた。

「青葉君。放課後、教室に残って」

「はい……」

 放課後の教室、机の上、僕の読書感想文、傍らに新しい原稿用紙……。

「これ、書き写して。キレイにね」

 僕の読書感想文のテーマは、ヘレン・ケラーの伝記だった。

───彼女の気持ちを知るために、僕は、目を塞ぎ、耳を塞ぎ、口を塞いだ。彼女の名は、ヘレン・ケラー……。

 彼女から渡された原稿を書き写す。僕のとはまるで違う、同じテーマの感想文を。あの一行を忘れない。忘れたくても忘れられない。原稿を書き写すと、彼女は僕から原稿を取り上げて職員室へ戻っていった。その一ヶ月後、全校生徒の前で表彰される僕がいた───僕が写した感想文が、県で金賞に入選したのだ。

「青葉君。おめでとう!」

 校長先生の笑顔と小さな体育館に鳴り響く拍手。僕のプライドはズタズタにされ、国語が不得意教科になった。文字を見るのも、文字を書くのも嫌になった。それでもブログを書き続けたのは、亡き母への想いがあったからだ。ブログを書き続けた先に、アオイ君との出会いがあった。毎日のように、僕はアオイ君とメールを交わした。そんな友からのメッセージ。

───ボクは君の小説が読んでみたい……ダメかな?

 偽りの読書感想文を胸に秘め、僕は小説を書き始めた。大学一年の梅雨の頃である。その先に何があるのか分からない。一年を費やして、僕は小説を書き上げた。しばらく経った月曜日。大学のキャンパスで、アオイ君が僕の前に現れた。後輩の橙田飛鳥に案内されて……。

「初めまして。朝倉藍生、二十歳です」

アオイ君は……女性だった。

《新作小説トレーラー(仮)》

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