ペンギンさんとペリカンさん

ショート・ショート
小説始めました

 ペンギンさんは、俺のブログの常連であった。記事を書けば、必ずコメントを入れてくれる人であった。楽しくてとても優しい人であった。

───ペリカンさん、こんばんは(笑)

 ペンギンさんからのコメントは、この一行からいつもはじまる。そんなペンギンさんからのコメントがプツリと途絶えた。ブログ書いていればそんな事もある。きっと、俺のブログに飽きたのだろうな。

 それから1ヶ月が過ぎた頃、見知らぬ人からメールが届いた。ペンギンさんの訃報であった。ペンギンさん。それ以外、何も知らない相手であった。なのに、突き上がる嗚咽が抑えきれずに俺は泣いた。ワケもわからず泣き崩れた。

───姉にとって、はじめから叶わぬ恋でした。でも、今までありがとうございました。感謝します。

 メールの主はペンギンさんの妹であった。メールには、俺の知らないペンギンさんの生前の様子や生活などが書かれていた。そして、俺に対する恋心までも。

 ある日、俺の職場に小包が届いた。赤いリュックとミツバチのストラップ。そして、ひまわりの封筒に入れられた手紙が一通。

───ペリカンさん、はじめまして。これは、姉が大切にしていたものです。よかったら使ってください。

 それは、ペンギンさんの妹からであった。俺はメールでお礼を伝え、彼女とのやりとりがしばらく続いた。その全ては、ペンギンさんの想い出ばかりが綴られていた。伝えられなかった想いを、彼女の代わりに伝えるように。

 そして、春から秋へと季節は流れた…。

 「来週、出張にいってもらうからな!」

 上司に言われた出張先は、ペンギンさんの住んでいた街であった。俺は彼女のリュックとストラップを持って出張先に向かった。どうしても行きたい場所があったのだ。

 午前中、出張先で仕事を終え、午後から向かった先は動物園である。ペンギンさん。彼女が、そう名乗っていたのには理由があった。

 ペンギンが好きだから。大好きなペンギンですら見にゆく事が許されなかったから。免疫力が落ちていたから。

 彼女に代わって、彼女がいきたいと願ったペンギンを見にいこう。見たいと願ったお散歩ショーを眺めにゆこう。彼女のリュックとストラップと一緒に。動物園に向かった理由はそれだけであった。

 午後二時。

 運動会のあの曲と共に、園内の通路に沿って、二十羽ほどのペンギンがヒョコヒョコと飛び出した。俺は少し離れたベンチに座って、ペンギンの行進を眺めていた。しばらくすると、行列の一番後ろのちびっ子ペンギンが、テテテな感じで俺に向かって走り寄った。

 どうした、どうした? 可愛いじゃん(笑)

 俺は返事をするはずもないリュックに向かってそう呟いた。勢い余って、ちびっ子が俺の手前で大きく転んだ。大丈夫か? そう思う暇もなく、ちびっ子は元気に立ち上がり、俺の前で小さな羽で羽ばたいて見せた。

 今の動物園は…こうなっているのか…スゲェ〜な、ペンギン。

 感心しながら眺めていると、女性飼育員がこっち向かって駆け出した。そっか、そっか、この子は脱走しちゃったのか。かなり慌てている様子が手が取るように分かる。そして、飼育員も俺の目の前で大きく転んだ。

 コントかよ(汗)

「も…申し訳ありません」

 青い顔して、深々と俺に頭を下げる飼育員。きっと今年、入社したてのニューフェイスなのだろうな。焦り具合が半端ない。

「こっちは大丈夫ですよ、そっちの方こそ大丈夫ですか?」

 転んだ膝に手を立てているのだ。きっと、物凄く痛いのだろう。だってほら、右の足、ひきずってるし。

「膝小僧からエイリアンが生まれそうなくらい痛いですけど、大丈夫です!」

 飼育員は、顔に幼さを残しながらもキリッとした表情でそう答えた。運動会のあの曲に合わせるかのように、ちびっ子は俺の足元でピーピーと鳴いている。

「こんなこと、はじめてで、ビックリ…」

 さっきまでのキリッとした顔から大粒の涙がこぼれ落ちた。え、え、えーーーー!ドッキリ? 飼育員とちびっ子を交互に見ながら、俺の混乱が止まらない。何コレ、これが心の煽り運転?

 ちびっ子ペンギンを追いかけてきた幼女までもが泣きはじめ、幼女の母親らしき女性からの冷たい視線を浴び続け、その向こうのバカップルが俺にスマホを向けはじめる。何でだよ? このカオス…。

「ねぇ、飼育員さん…俺さ、アンタに何か悪いこと…した?」

 全ての状況が俺に不利に働いている。こんなの動画に上げられて、会社にバレたら人生終わる。もはや、今の俺を救えるのは飼育員しかいない。神にもすがるとはこの事であった。誰でもいい、誰でもいいから助けてよ…。

 飼育員は泣きじゃくりながら、赤いリュックを指さした。そして、俺に向かってこう言ったんだ。

「お姉ちゃんと見に来てくれたの? ペリカンさん」

 この続きは、いつかどこかで…。

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