短編小説『邂逅(006自惚れやさん)』

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『邂逅』006自惚うぬぼれやさん

 オレはうれしさと、恐れの狭間で朝食を取っていた。パンと、牛乳と、ベーコンエッグ。それに畑で採ったばかりのプチトマトを添えて。

 一学年上の先輩は、二歳年下の少女だった。オレたちの時代、確かに『飛び級 』システムは実在する。中学時代、一級飛んだ同級生がいた。でもそれは特例中の特例だった。彼は、讃岐の天才の異名を取った。今頃は、東京の有名高校へ通っている筈である。それなのに中学ごとすっ飛ばすってこと……ある? それを簡単に言い放ち、あどけのない笑顔で微笑む少女に掛ける言葉がみつからなかった。リン先輩……これからアナタをどう呼べばよいのだろうか?

兄貴あにき様。お隣の子とは、どんな関係なのじゃ? うちは、大変、気にしておりますのじゃ。付き合ってんの?」

「付き合ってねーし。なんだよ、その言葉遣いはよーぉ!」

「兄貴様のキューピットになろうと思ったのにそれはないぞよ。うち、隣の子と友達になったんよ、昨日ね。だって、畑の真ん中に赤いテントが張ってあるんだもの。普通に気になるでしょ? そしたら、テントの横で椅子に座って、月を見ている女の子がいたの」

「双眼鏡でか?」

「そうそう。おっきな双眼鏡。って、何でそれを知ってるのじゃ、兄貴様」

「あの子が部屋の窓から双眼鏡で覗いているのを見たからかな。で?」

「その子、ずーっと見ているのよ、月をね。でね、うち、月食でもあるのかなーって。一緒になって見ていたの。そしたらね、声をかけられたの。『アー君の妹さん?』って。お隣の子だったわ。噂の天才。この、この、この、兄貴様も隅に置けないわね。あんな美人、一生に一度の大チャンスよ。兄貴様はおバカだけれど、そこまでおバカじゃないわよね」

「そんなんじゃねーし。で?」

「でね、話をしていると同い年っていうじゃない。うちも転校したばっかだし、夏休みで友達絶対増えないし。だから、一緒に宿題やろうって約束したんだ。もう、そろそろリンちゃん来る頃じゃないかな?」

 妹はどうやら、彼女を同い年の同級生だと勘違いしているようである。あの子の宿題をみたら、きっと、腰を抜かすのだろうな。面白そうだから黙っていよう。俺が図書館から帰ってきたら、どんな顔をしているのか楽しみだ。

「だったら宿題がんばらないとな、妹殿。兄貴様は邪魔だろうから、これから図書館へでも行ってくるわ」

「いってらー、兄貴」

 元々、今日も図書館へ行く予定だった。オレは、夏休みからずっと図書館に通っていたのだ。ブログの文章を鍛えるべく。恋愛、SF、ホラー、純文学……作品中でよさげなフレーズをメモに残した。いわゆるネタ帳。オレには語彙が圧倒的に足りていない。それを補足するための図書館通いである。早くブログから解放してもらわないと、オレの高校生活がなくなってしまう。

 オレは県立図書館のいつもの机で小説を読み始めた。世界的な本離れが進み、図書館はいつもガラガラだ。学校の教科書でさえタブレットの時代である。紙の本があるのは図書館くらいのものであった。その利用者の少なさから、いつ閉館してもおかしくない。そんな雰囲気が漂っている。それも時代の流れなのだろう。テレビも図書館もオワコンである。ジャンプ、マガジン、サンテー。週刊少年誌は十年も前に廃刊になった。

───どれにしようかな……。

 オレの本選びはテキトーである。何を読めばいいのか分からない。だから、テキトーな棚から本の背に指を当て、よそ見をしながら指が止まった本を読むのがルールになった。オレはテキトーに選んだ一冊を黙々と読み始めた。ここは静かでいい。

「ちょっといいかな?」

 知らない男に声をかけられた。オレの静御前に、なんてことをするんだ。その男は夏休みなのに制服姿。知ってる、その校章。リン先輩の学校と同じ校章だった。ということは、物語定番のアレだと察した。恋のライバル登場ですか? ここじゃ人目もある。オレは指で出口をさし、オレたちは無言で図書館を後にした。

「うちの女子と、どんなご関係なのかお伺いしたい」

 さすがは一流進学校の生徒である。将棋の駒を進めるように、言葉を選んで話を進める。自分が不利にならないように。あざとい論法を使うやつだ。

「どうだろうな」

 おたくの女子は、頭が良すぎてワケが分からん。こっちが聞きたい案件だ。知ってるなら教えてくれ。そう言いたかったがグッと押さえた。

「真面目に聞いているのだから、真面目に答えてくれないかな?」

「分からんのだから分からんと言った。簡単に言ってしまえば、おたくの女子の指示に従って動いている。そういうのが正解だろうな、知らんけど」

 中学時代、そんなことにも憧れた。それだけ注目を集める女の子と関われたのだから悪い気はしない。けれど、現実に起こると面倒くさいだけであった。あぁ、面倒だ。この場を上手く切り抜けてマック行こ。あー、腹減った。

「なんだぁ〜、キミ。彼女の指示通りに動かされていただけなのか? パシリか? パシリをさせられてたのか? こりゃ愉快だ。」

「だな……。海外に行ってる間は畑の水やりをやらされていたよ。ところでひとつ、質問いいかな? いつも作業服やつなぎ姿だけれど、あの子は制服を着ないのかい? 着なくてもよいご身分なのかい? 飛び級の特権かい?」

「いーや。学校では彼女は制服姿だ。そっか、そっか。彼女の制服姿を見たことないのか? 綺麗なんてもんじゃないぞ。そりゃ残念だったな。大いに残念。彼女にとって、あの畑はいわば研究室みたいなもの。膨大なデータを基に大学から依頼された論文を書いているのだからな。それだけでも忙しい筈なのに成績は常にトップ。絵画の評価は世界水準。おまけに年下であの美貌だ。クラスどころが学校のプリンセス様扱いだよ。キミは彼女の指示通りに動くだけか……。そうだろうな、お似合いだ。キミと彼女じゃ住む世界が違うよな。引き留めて悪かったな。これからも、彼女のシモベとして頑張ってくれ」

 こいつ、随分な物言いだな……。プライドがネギを背負って話しているタイプだ。てか、セリフの尺が長過ぎだ。作者様の都合も考えろってもんだ。まぁ、頭の良いお方は誰でもこんな感じなのだろうな。人を見下す天才だ。にやけ顔がいけ好かない。帰りにチャリで転べばいいのに。

「自分、将来のビジョンは、やっぱり東大からの官僚かい?」

「当たり前だ。上級国民になって日本を動かすのが俺の役目だ。すまん、すまん。キミには理解不能な話だったな。ひとつだけ助言をしておこう。俺の言うことを聞いていた方が将来のためだぞ」

 オレの将来よりも日本の将来が不安に思えた。でも、こいつからなら簡単に情報を引き出せる。過去の歴史を振り返れば、それは安易に予測可能だ。こんな奴らばかりがのさばっていた時代が嘗てあった。曾爺ちゃんの時代だったかな? 後に一網打尽にされたけれど。こいつはその典型タイプ。ハニー・トラップにも簡単に引っかかるタイプに違いない。下手に出れば簡単にゲロる。チョロいな。

「悪いけど、未来の上級国民様。連絡先の交換をしてくれないなかな。困ったら頼りたいから。頼りになれそうなお方だし」

「そうか、そうこなくちゃ。俺の名前は……」

 被せ気味にオレは言った。

「名前はいらない。番号だけ教えてくれ。嫌だろ? 勝手に自分の名前を使われたら。オレにそんな地位があったら、三流高校の生徒に名前を教えるの嫌だけどな」

「それもそうだ。キミは分かっているね。俺のキャリアに傷がつくからな。キミは良い奴だな。彼女に何かあったら相談してくれ。彼女は俺の嫁になる女だから」

 連絡先の名前は『自惚れやさん』にした。他でもない。作者からの強い意向である。たぶんこいつは、制服の謎解きだけに登場させたモブキャラである。残念だったな、キミの出番はもう来ない。

 ハンバーガーを平らげて家に戻ると妹がオレを出迎えた。そんなことなど一度もなかった。不安だけしか感じない。何があった? 妹よ。

「兄貴殿。うちは東大に行きます」

何でなん?

短編小説『邂逅かいこう』全12話

コメント

  1. 「自惚れやさん」味のあるキャラですね (笑)。せっかくの新キャラ。制服の謎解きにも貢献したし、なんだか名前を付けてあげたくなって、僕の中では勝手に「面堂くん」にしました。うる星やつらの面堂修太郎のプライドの高さと面倒くさい奴だな~って所からです。。こんな風に読んでいる僕は、すっかり雉虎さんの小説にハマってるって事ですね(笑)

    • 暗いよ、狭いよ、怖いよー(笑)。ほんと、そんな感じですね。3話完結のつもりで書き始めたのにドンドン話が伸びますね(汗)。今夜の回から畳み込みます。目標は10話で完結。終わるかなぁ…。

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