短編小説『邂逅(002天才少女)』

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『邂逅』002天才少女

───天は二物を与えず。

 それは真っ赤なウソである。オレの前の美少女がそれを証明していた。とはいえ、どうやってこの場を切り抜けよう。女子慣れしていないだけにマゴマゴしてしまう。

「放課後、時間取れる? お話があります」

「あ、はい」

 そう、ぎこちなく答えるので精一杯であった。『はい』と答えたはよいのだけれど、その先が全く見えない。何のお話なのか予測もできない。オレは転校してきたばかりである。相談する友達もいない。オレは悶々と一日を過ごした。家に戻ると美少女が玄関の前で待っていた。今日はカーキー色のつなぎを着ている。この人は何を着ても似合うのだな。もし、彼女が本気を出したら世間が放っておかないだろう。容姿、雰囲気、身のこなし。どれを取っても現役アイドル並みなのだ。きっと、高学歴でイケメンな彼氏がいるのだろう。オレにとっては高嶺の花だ。

「おかえりなさい」

「あ、こんにちは」

「おかえりなさいと言われたら?」

 彼女の大きな瞳が細くなった。少し意地悪な笑顔に見えた。

「あ、ただいま……でした」

「わたしはね、勘のいい女なの。絶対、どこかで会ったと思うの。わたしのこと、覚えてない? たとえば、前世とかで」

 随分なスピリチュアルだった。双眼鏡娘のお遊びか? 非現実的な例え話にどう答えればよいのだろう。オレの頭に答えなどあるワケがない。この場は、すり替え論法で切り抜けなければ。そうだ、そうだ。オレは謎の小包を思い出した。いずれは誰かに相談しよう考えていたのだ。母親筋からの情報では、このお方は成績優秀、頭脳明晰の触れ込み高きお方である。何か良きアドバイスがあるかもしれない。少なくともオレより断然マシだ。

「ごめんな、オレ、前世の記憶は持ってないんだ。それよりも相談があるんだけれど。引っ越しの荷物の中に変な小包が紛れ込んでいてね。その中身の扱いに困っているからアドバイスもらってもいいかな?」

「お安いご用よ。どこにあるの、その小包。君の部屋? 今から行こか」

「それは無理。若い男女がそんなこと。すぐに持ってくるから待ってくれない」

 おい、おい、おい。こんなチャンス、あっさり棒に振ってもよかったのか。後悔しながら部屋に戻り、私服に着替えて謎の小包を手渡した。

「わたし、今から畑があるの。ちょうど食べ頃のスイカができてるから、帰りにお裾分けするわね。小包は、夜ゆっくり拝見させていただくわ」

「あ、ありがとう。よろしくお願いします」

 言いたいことは多分あった、訊きたいことも多分あった、けれど何も言えなかった、名前すら聞き出せなかった。見た目なんてどうでもいい。そんなの嘘だ。こんなボスキャラが目の前に立ったら、どんな男だって萎縮するに決まってる。それと同時に、ファイルの中にスイカの文面があったことを思い出した。容姿の特徴も何処となく似ている気がした。でもそれは偶然の一致なのだろう。美人を文章化すれば、普通にそうなるのだから。

 その夜の食事はいつもにも増して賑やかであった。予告どおり、彼女がスイカを持ってきたのだ。それが、母のスイッチを押したのだ。噂の美人とスイカのコンボに母上様は上機嫌である。敵にすると厄介だけれど、味方にしても厄介だ。きっと、オレの個人情報など全て筒抜けにされてしまったのだろう。希望に満ちた新天地での生活が、なんだかどうでもよくなってきた。

 翌朝。

 彼女が家のチャイムを鳴らした。あの情報量である。一晩で小包の謎を解けないはずだ。複雑に絡み合った人間関係なのだから。そんな簡単な話じゃない。オレだって相関図を書いたくらいだ。さてさて、どんな話が飛び出すのやらと椅子から立ち上がって座り戻した。呼び出されたのはオレじゃなかった。親父だった。JKに呼び出されたのが余程嬉しかったのだろう。鼻の下を伸ばしながら何やら会話をし始めた。親父もあんな笑顔をするんだな、猫カフェか? その次にオレが呼び出された。

「Q.E.D、証明終了。続きは放課後ね」

 にこりと微笑み、オレに小包を手渡してその場を後にした。Q.E.Dって何だよ? でも、オレだってバカじゃない。オレは見逃さなかった。ボブの目が真っ赤に腫れ上がっていたことを。きっと、明け方まで謎解きに没頭していたのであろう。名前も知らないヤツのために完徹なんかさせてしまった。それが何だか申し訳ない気がした。お礼にお茶菓子でも買って帰ろう。スイカの御礼も兼ねて。

 放課後。

 昨日と同じようにボブは家の前に立っていた。オレの存在を確認すると、大きく手を振って手招きをする。どうやら、話したくてウズウズしているようである。

「小包持ってきて。畑に行こうよ。あそこなら誰の邪魔も入らないから。そこはね、わたしのお気に入りの場所なのよ。たまにね、月を見ながらソロキャンだってするんだから」

「お年頃の娘さんだから、そういうのはやめた方がいいと思うよ」

「何で?」

 あの夜のように、双眼鏡で月も見てるのだろうか? そのための双眼鏡であってほしい。他人の部屋を覗き見るアイテムだったら嫌だな。

 オレは部屋に戻り私服に着替えて小包を持って家を出た。ボブの畑は家から自転車で三分ほどの位置にあった。想像よりも近い場所であった。畑の北側に大きなひまわりが立ち並んでいた。もう少しで花が咲きそうである。昨日のスイカの他に、きゅうり、トマト、ナスなどが育てられていた。その向こう側に稲が見えた。野菜と同じように植えられた稲が不思議に見えた。稲とは水田で育つものであるのだから。

「もう少し早ければ、トウモロコシもあったのに。残念だけれどトウモロコシは来年ね。採って直ぐに生で食べると美味しいのよ。来年があるから大丈夫ね」

 来年か…。

 畑に入ると、彼女の美少女レベルが三段階上がった。そのまつげで瞬きすれば、天に向かって羽ばたけそうだ。見とれている場合じゃないのに見とれてしまう。見る気がないのに見てしまう。断言できる、オレはこんな美少女に会ったことなど一度もないと。もし、会っていたら、忘れる筈などあり得ない。

「じゃ、本題ね。この小包の受取人は、アナタの曾お爺さんでした。つまり、アナタのお父さんのおじいちゃん。今朝、アナタのお父さんからその確認を取ったわ。それと、この機械は直しておいたわ。中のファイルに全て書かれていたわ。たぶん、ブログの原稿ね。こんなことが現実に起こるだなんて……正直、途中で泣いてしまったわ。他人事に思えなくて。アナタの曾お爺さん、素敵な恋愛をされたのね」

「え、あの機械直したの? スゲぇ!」

「あんなの簡単よ。単純な仕組みだもの。わたしの本気をなめたらいかんよ。それと、調べてみるとこの機械の名前はポメラっていうみたいよ」

 ボブは美少女に加えて天才であった。

「ところで、ところで、そろそろいいんじゃない? わたし輪華りんか、花の高ニよ。リンと呼んでね。どうせ、わたしのこと、おカッパ頭とか、ボブだとか……裏でそう呼んでいるんでしょ?」

 図星だった…。

短編小説『邂逅かいこう』全12話

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