短編小説『邂逅(004コメント)』

小説始めました

『邂逅』004コメント

 平安の世でも、古代ローマ帝国の世でも、二〇七二年の世でさえも。人間の営みとは同じようなものである。如何に科学が進歩したとて、男女の関係に大差はない。この先もずっと、同じことで悩み、苦しみ、喜びを感じてゆくのだろう。未来永劫、恋愛システムに人類は翻弄され続ける宿命なのだ。オレだって、高校生活に淡い期待を寄せていた。

───なのに何でだよ。

 オレはというと、あのリン先輩からの無茶ぶりで、苦悩の日々を送っていた。彼女からのオーダーは、毎日、ブログに投稿すること。あの雨の日からポメラに向かって作文を書く日々が続いていたのだ。こんなことをして何の意味があるのだろう。未だに曾爺ちゃんの小包は謎のままである。この先ずっと、永遠に謎のままかもしれない。

 とはいえ、人工知能とライブ配信全盛期の時代にブログである。絶滅危惧種の希少価値と、モテない高校生男子という肩書きとが相まって、一ヶ月も書き続けているうちに、嫌でもアクセスが増えてしまった。それもあってか、オレは徐々に書くことが好きになっていた。今思えば、書くことに夢中になっていた。

「そろそろおナスは、剪定更新の時期ですね。毎日の記事を楽しみにしています。わたしは夏休みに入ったら帰国します。だから、もう少し待っていてね(笑)」

「コメントありがとうございます。今日は面白い出来事があったので、それをブログに書こうと思っていました。今日もらったメールの中に「今日の小説の続きを楽しみにしています」という言葉がありました。だから、仕事から戻って、必死こいて小説の続きを書きました。超絶即興エピソードなので、少し変かもしれません。幼い読者さん、今日のところは目をつぶってね(汗)」

「アー君、仕事って何? 小説? 幼い読者って……ロ、ロリ……何でもないわ。現実に戻っていたのね(汗) ここで出すとは思わなかったけれど……」

 記事を投稿すると、リン先輩からのコメントが必ず入る。それも楽しみのひとつになった。雨の中でオレを待った、彼女とあれから会ってはいない。お隣さんは忽然と姿を消したのだ。母親の話では、何かの強化合宿に参加中なのだとか。夏休みになると帰ってくるのだそうだ。オレと彼女を繋ぐのは、今のところブログだけとなった。

オレは新しい高校生活にも慣れ始め、気の合う友人も複数できた。だから、それなりにエンジョイしているつもりである。

 オレは下校すると畑に向かう。リン先輩の畑であった。もっぱら、ブログのネタは畑で見つけた発見である。コメントには、当たり障りのないことを書き連ね、お問い合わせから秘密裏に畑に関する指示が出ていたのだ。その指示に従い、その経験をブログに書いた。書いてる話は畑と野菜。オレの読者のほとんどが、母親よりも歳が上の女性となった。同世代が読む筈もない。いわゆる菜園ブログを書いていた。いいんだよ、やったことがないのだから。

 はじめまして。四十代の主婦です。お母さん世代になるのかな? アー君はとてもお若いのに、畑のお仕事がんばっていますね。それと記事の書き方が面白いです。キュウリはね、葉かきするとよく育ちますよ(笑) これからもがんばってくださいね。

 夏休み前にもなると、こんなコメントばかりが賑わっていた。記事を書くよりもコメントへの返事の方が難しかった。お母さん、お母さん、お母さん…。全方向が地雷に見えた。

───嗚呼、青春とは何ぞや?

 そうこうしていると、通りすがりの名無しさんから、同じようなコメントが入り始める。

 自由な文体が癖になる。

 そうなん? 自分でその意味が分からない。でも、その回数が増えるにつれて、書くことに対する欲も出る。嫌でも小マシなことを書こうとし始める。豚もおだてりゃというヤツであった。ジャックと豆の木のジャックくらい登っていた。

 今まで見るのも嫌だった、文字ばかりの本まで読むようになった。母親の喜びようが半端なかった。これが親孝行というやつなのか? 著作権切れの書籍が無料で読める時代である。一生かかっても読み切れない書籍の中から、オレは曾爺ちゃんの生きた時代の本を読み漁った。

 その中のお気に入りの一冊が「ブログ王」という作品である。少し泣けるストーリーと自由すぎる文体が好きなのだ。作者情報は不明であった。幾ら探しても見つからなかった。きっと、大した人物ではないのだろうな。あははは、オレみたいだ。オレはその文体を真似し始めた。書き続ければ、いずれは自分のものになるだろう。そう思って。

───なんかねー。アー君、最近凄くいいわ。わたしね、最後の一行でゾクッとしたの。もう少しで分かる気がしたの。届く気がしたの。今は言えない。けれど、もう少しだけ書き続けてね(笑)

 忘れもしない六月の末。リン先輩が褒めてくれた。どうして、オレに書かせるのだろう? その疑問が吹き飛んでしまうほど、心がざわざわしたのを覚えている。彼女のためなら、書くことくらいお安いご用。でも、それは多分違う。オレは書くことが好きになり始めていたのだ。

「もしかして、このブログを書いてるの、お前か? ほら、この畑だって見たことあるし。お前、あそこに通ってるよな?」

 クラスメイトのタケシが聞いた。

「そんなの知らね。レンタル畑だから、いろんな人が使ってるべ。そもそも、オレが作文するタイプに見えるか?」

 とっさにオレはウソをつく。ブログはオレとリン先輩との聖域である。そこへ知人が介入することが不快でならなかった。それからオレは自分の匂いを記事から消した。過去の記事からも全て消した。ブロガーならば、しれっと行う、リライトという作業である。タケシに同じ質問をされても、しれっと、まるっと、さらりと受け流した。夏休み前になると、タケシからの問いもなくなった。新学期でまた会おう。

 夏休み五日目。

 野菜に水を与えるタイミングは朝か夕方のどちらかである。けれども、オレにだって都合がある。だから水やりは朝だと決めた。早朝、畑に出向くと、畑にテントが立っていた。真っ赤なテントの入り口の下の方。双眼鏡のレンズが飛び出して見えた。そのレンズが上下左右に動いていた。レンズの隣からにゅっと拡声器が顔を出した。

───リン先輩、ご帰国である。

短編小説『邂逅かいこう』全12話

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