短編小説『邂逅(009ブログ王)』

小説始めました

『邂逅』009ブログ王

 感動的な場面だった。誰が見てもそう感じる。それを目の当たりにしても尚、冷静さを取り戻せたオレはサイコパスなのかもしれない。ふたりの会話が途切れるまでオレは待ち、そしてついに口火を切った。

「ボクは曾お爺ちゃんの生まれ変わりではありません。ボクの文体のオリジナルは曾お爺ちゃんの小説の中にあるのですから。期待させてすいません」

「知ってるよ」

 オレに向かってリンが微笑む。あの、意地悪な笑顔だった。

「わたしはね、小包の中を調べたあの夜、ブログ王まで到達していたの。あの文体は感性で書かれたものだから。悪く言えば我流、良く言えば天才肌。この文体にヒントがある。そう思って、ネットの記録を探したの。そして見つけたのがブログ王よ。だから最初から、アー君が辿り付くことに期待してたの。だから誰にも言わなかった。多くの人には好まれない。けれど、刺さる人には突き刺さる。ひとりの女性を恋焦がれさせるような文書の使い手。ファイルの中にも片鱗があったわ。だったら、他にもいるかもしれない。あのブログの読者に見つかれば、もっと先に進める気がしていたの。だから、はい、これ」

 リンは小さなプラスチックの板切れをオレの手のひらに乗せた。

「これは何?」

「SDカードよ。何世代も昔の記録媒体だから知らなくて当然よね。この中に曾お爺さんが書いたブログ記事が全て残っているわ。アー君に見つかる前に抜いていたの。ごめんなさい……わたし、このこと教えなかった。もし、ブログ王に届いたら、そしたら渡すつもりだったの。だって、出会ったころのアー君は……」

 リンは言葉をにごしてうつむいた。ごめんな、オレ、馬鹿で……。オレはリュックからポメラを出すとユキさんが声を上げた。

「このキーホルダー、お姉さんの宝物。このポメラは姉が彼にあげたものなの。キーホルダーは、家族全員で探しても見つからなかったの。どうして、あなたが?」

「そうなのよ、この中に全て書いてあったわ。キーホルダーが届いた理由も」

 リンは静かにユキさんに言った。オレはリンにSDなんちゃらを装着してもらい、カードの中身に目を通しす。そこに並ぶ記事は、詳細に至るまで紛れもなくオレの文章だった。書きくせがソックリだった。でもそれは違う、オレの文体が曾爺ちゃんにソックリなのだ。ポメラの経緯もキーホルダーの一部始終もこのファイルの中に書かれていた。目の前の現実は、紛れもなく事実であった。情報量に心と気持ちが追いつけない。オレの脳がついていけない。リンが静かに口を開く。

「ブログとね、小説とは文章の書き方は異なるわ。ブログの文体はもっと自由だもの。だから幾ら小説を真似しても、この文体にならないなんて、アー君にだって分かるはずよ」

 確かにそうだ。どうしても書き癖はポロリと出るモノである。書いた記事が増えれば増えるほど、勢いに乗れば乗るほど、書き手の癖はより強く表面に現れる。それでもだ。だからと言って、オレが曾爺ちゃんの生まれ変わりの理由にはならない。赤の他人なら話も分かる。けれどオレは曾爺ちゃんの遺伝子を受け継いでいる。隔世遺伝という言葉もある。だからオレはオレなのだ。オレは少し意固地になっていた。

「不本意そうなお顔だわね。これから、わたしと謎解きをしない? きっとここに有るはずよ。本のカタチのブログ王が。そんな想いがこもった本をユキさんが買わない理由が見つからないの。そして、今でも大切に持っているはずよ。なんかねー、息子さんに譲り渡して。そうね、キッチンの奥の方とか」

 そう言って、リンはユキさんへ視線を移した。ユキさんは、黙ってキッチンの奥へと向かい、しばらくすると大切そうに本を持って戻ってきた。

「これ、私の宝物なの。何かのお役に立てるのなら持って帰ってください」

 知ってる、そんなの嘘だろ?

 小包を渡したあの夜に、リンはここまでのストーリーを予測していたというのか? ユキさん、ニコニコしているけど、ここは恐怖を感じる場面ですよ。人間離れしすぎでしょ? ねぇ、ユキさん、聞こえてる? でも、心の声は届かない。

「お姉さん……新しい人生だからリンちゃんでいいかしら? リンちゃんはビンタ良かねぇ。この意味分かる?」

「うん、鹿児島の方言でしょ? 自分の口からは、なんかねー、その意味をはしたなくて言えないけどね(笑) ビンタは頭の意味だよね、ユキちゃん」

「そう、お姉さんもリンちゃんのように賢かったの。誰もたどり着けない神がかり的な賢さだった。テストなんて百点満点が当たり前で、一問間違っただけで泣くほど凹んでいたわ。病気さえなかったら、きっと、偉い学者さんになっていたわ。野菜栽培が好きだったから、きっと、美しすぎる農学者さんね。お姉さんが作ったスイカ、小ぶりだったけれど、とても美味しかったのよ(笑)」

 はい、食べました。

 現世と来世、何もかもが繋がるのだな。気持ち悪いけれど事実であった。なのに宙ぶらりんなオレがいる。リンはオレに何をさせようというのだろう。ユキさんから手渡された、ブログ王を両手に抱えたリンの顔から幸せが滲み出ていた。顔に愛おしいって書いてあった。そりゃそうもなる。生まれ変わっても逢いたい人が書いた本なのだから。そうなって当然だ。リンは静かにオレたちに背を向けた。オレとユキさんは黙ってカウンタ席に場所を移した。これ以上は野暮であった。

 ただ不思議なことがある。今はお昼の書き入れ時。なのに、お客がひとりも入って来ない。人通りは多い。さっきまで客もいた。そんなことなどあり得ない。オレの疑問に気づいたのだろうか? キッチンの向こうから、息子さんが入口のドアのガラスを指さした。

「本日、休店日」

 その札が裏返しに見えた。コレ、アカンやつやん。その優しさに涙が襲う。もう、無理っす、限界っす、自分も涙、いいっすか? 堪らずオレはトイレに駆け込んだ。男はね、人前で泣いちゃだめなんだよ。今の男はボロボロ泣くけど、それはダメだとオレは思う。しっかり泣いてトイレを出ると、ユキさんが大きなバスタオルを渡してくれた。我慢してるのに全部バレてた。涙……ふたたび……。タオルを受け取りトイレに戻った。この人たちは、どれだけオレを泣かせてくれるんだよ。

 ユキさんと息子さん。また、ハンバーグ食べに寄りますね。もちろん、リンと一緒に。曾爺ちゃんの生まれ変わりを見つけるまでは……。

 オレたちがレストランを出るころ。師走の青空は夕焼け色に染まっていた。夕暮れ刻の帰り道。バスを降りるとリンはオレの腕に掴まった。オレたちは自然に腕を組んで歩いていた。オレたちの後方二十メートル。へいの陰から鋭い視線でオレたちを見つめる目があった。嫉妬に狂う目であった。いけ好かないあいつだった。皆さんは覚えているだろうか?

───モブキャラの自惚うぬぼれやさんを。

神の気まぐれからの再登場である。

短編小説『邂逅かいこう』全12話

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