『邂逅』010新戦力
まほろばからの帰り道、オレたちは腕を組んで家に戻る。恋人同士に見えるだろうか? いつも笑顔で接してくれるリンだけれど、今日はいつも以上にご満悦だった。とはいえ、天才が有頂天になるとこれでもかと話しかけてくる。彼女の速度についていけない。クロップアップ度半端ない。それでも彼女の口は止まる気配をみせなかった。これまで秘めた想いを爆発させたような勢いである。
「ち……ちミたちは、なんなんだ!」
今日は本当に幸せだったよ、心からそう思っている。お前と会うまではな。突然、背中越しに声が飛ぶ。振り返ると図書館のモブであった。ああ、面倒くさい奴のお出ましか……。
「何っすか、問題でもあるっすか?」
オレは自惚れやさんに即答する。
「キミは彼女のパシリだろ?、なんで腕組みなんてしながら歩いてる? 俺様の許可もなしにだ。輪華さん、この男から離れてください。こいつは、僕らとは、生きる世界が違う人間です! あなたが汚れる」
相変わらずの随分な物言いだ。
「ごめんなさいね、なんかねー、この人、頭はいいけれど賢くはないの。彼の失礼を心からお詫びするわ。斉藤さん、今すぐ彼にあやまって」
斉藤は目を白黒させながらオレを見た。オレを睨み付けながらも頭を下げた。
「突然のご無礼を失礼した。心を込めて謝罪する。すまなかった」
侍か?
オレは沈黙を貫いた。怒っているワケじゃない。彼の名が意外だったのだ。確か財閥か何かの坊ちゃんだったよな。オレとは別世界の人間だったよな。それなら普通、ポピュラーな斉藤さんはないだろう。伊集院とか、綾小路とか、後藤田とか、二階堂とか、面堂とかじゃなかったのか。イチイチ面倒くさい男だから、面堂かと思っていたよ。それが斉藤さんって、期待外れだ。
「キチンと謝ってるじゃないか。どうして何も答えない? 何かあったら俺に連絡するという約束だったろ? 番号交換した仲じゃないか!」
「え、アー君、斉藤さんと知り合いだったの? 意外だったわ。わたし、そこまでは読めてない。アー君、キミはやっぱりすごいよ。異次元の吸引力よ」
オレは掃除機か?
「アー君だって?、いつの間に? 俺のプリンセスに、なんてことをしてくれたんだ」
この男もリンを大切に思っているのだな。そう思うと腹も立たない。オレなんかが立ち入れない高校では、斉藤さんがリンを守ってやってくれ。
「斉藤さん、ありがとう」
ふいにその言葉が口を出た。それと同時に、斉藤とリンとがギョッとした目でオレを見た。何か変かことでも口走ったのだろうか。
「ここで、そのセリフ出る?」
キラキラした目でリンがオレの顔を覗き込んだ。それが斉藤の地雷をまた踏んだ。つくづく面倒くさい男である。こいつ、トイレに入ったら電気消してやりたいタイプだ。
「輪華さん、その男から離れて。今すぐにです。俺があなたを守ってみせます」
鼻息荒げた斉藤は、オレの腕に巻きついたリンの細い腕を引き剥がした。リンを自分の背中に隠し、オレに向かってファイティングポーズを構えた。たぶん、タブレットよりも重い物を、持ったことなどないのであろう。腰が引けた弱々しいポーズだった。けれど、斉藤も男であった。『漢』と書いたオトコだった。こういうの、嫌いじゃない。オレは斉藤の後ろのリンに語りかける。
「リンよ、良き同級生と出会えたな(笑)」
「うん(笑)」
オレの小芝居にリンも乗る。咄嗟の洞察力と判断力が一級品だ。
「兄さんなのか? あなた様は、輪華さんの腹違いのお兄様なのか? お兄さん、輪華さんは必ず僕が守ってみせます」
目の前に壊れた男が立っている。さて、どうするかな……。輪廻転生のドラマの後では、何が起こっても爽やかなそよ風である。もし、オレが曾爺ちゃんの生まれ変わりなら、実年齢は圧倒的にオレが上。リンから見てもお子ちゃまである。
「残念だけど、兄じゃない」
「じゃ、なんだよ。お前は、従兄妹か?」
「それもハズレ……うーん。なんでかな(笑)」
斉藤は、頭をガリガリと掻き始めた。こいつはパニクるとこうなるタイプらしい。このままでは可哀想すぎる。助け船をそろそろ出そう。
「リン、この斉藤さんって人、成績は良いの?」
「良いわよ。入学以来、学年二位を守っているわ。なんかねー、わたしがいるからトップは無理だけれど。それと斉藤さん、わたしから手を離してくれない。腕からエイリアンが生まれそうなくらい痛いの」
我に返り、飛び跳ねるように斉藤はリンから距離を取った。
「そっか、そっか。斉藤さんは賢いのか。だったら味方につけとかないと。この謎解きには、どれだけ新戦力が参加しても困りはしない。頭が良いのなら尚更だ」
「それもそうね。彼の得意は物理だから、量子力学の観点からの考察があった方が心強いわね。斉藤さん、わたし達に協力してね、約束よ」
「お任せください。輪華さんのお願いなら、たとえ火の中、水の中です」
それを言うなら、飛んで火に入る夏の虫だよ。数分間の攻防戦が終わってみれば、オレたちの周りのギャラリーが増えていた。こんな美少女を取り合っているのだ。人が集まってもしょうがない。
「潮時だ、場所を変えよう」
オレたち三人は近くのコーヒーショップに場所を移した。うまくいけば、お代はおぼっちゃまの斉藤が払ってくれるだろう。なんせ日本の将来を背負った男なのだから。オレはブラックコーヒーを注文し、リンはオレンジジュースを注文した。注目の斉藤は、キャラメルなんちゃらかんちゃのラージのあれこれホットでよろピク。斉藤は斉藤だった。よくもそんなメニューをサラサラと言えるものだと感心してしまう。〝よろピク〟とは、今流行っているお笑い芸人が使う言葉である。勉強ばっかじゃないんだな。斉藤への親近感が少し湧いた。
「では、キミたちの悩みを聞こうじゃないか。俺の頭脳に不可能の文字はない」
何かのドラマのセリフなのだろう。斉藤は自信満々な顔である。まほろばと同じように、オレの隣に座ったリンはストローと格闘していた。一口飲む度に息継ぎをしている。オレンジジュースで溺れるなよ。この場はオレに仕切らせてもらおう。
「斉藤さん、輪廻転生ってあると思いますか?」
「決まってるじゃん。輪廻転生なんて、すでに論文で証明済みだろ?」
ストローの音が一瞬で消えた。この男、アタリだ。
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