ショート・ショート

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八月十三日

今年のお盆休みもいつも通り、八月十四日から十六日までの三日間だ。うちの会社は、お役人さんや大手企業とは事情が違う。働き方改革の恩恵を受けるのは、ルールを作った彼らだけ。庶民はね、そんなにお休みなんてもらえないよぉ~。十三日のお盆の入りですら休めない。まったくね、考えるだけでイライラしちゃう。  わたしの家は母子家庭だ。離婚じゃなくて別居だった。お父ちゃんの住んでいるアパートは知っている。暇を見つけて、お父ちゃんの様子を見に行くけど、そのたびにお母ちゃんは不機嫌になる。でも、世界にひとりだけのお父ちゃんだから、できることはしてあげたいの。ご飯くらい……作ってあげてもいいじゃない。  一日の仕事を...
ショート・ショート

琥珀と涼子の恋バナ

お好み焼き屋のカウンター席で、私は緑川涼子みどりかわりょうこと談笑をしていた。涼子は同じ大学に通う親友だ。唐突に、涼子は私に質問を投げた。 「なんで琥珀こはくは、アイツなの?」  それは、涼子からの剛速球のストレートだった。 「なにが?」  一瞬、私は答えに困った。アイツとは、同じ大学に通う赤城純主あかぎよしゆきのことである。 「どうして琥珀が、あのバカなんだろう……って、思ってね。バカと言ったのには悪意はないのよ。でも、バカでしょ? 赤城君」  アイツをバカと呼べるのは、私の専売特許なんですけどぉ……その気持ちを私は抑えた。大きな会社のご令嬢が、あのプライドの塊が、庶民の恋愛事情に興味を示し...
ショート・ショート

90分間の奇跡

彼の顔は青ざめていた。  本日投稿予定のショート・ショート。その準備が整わない。ブログ公開時間まで、90分を切っている。なのに一行も書けていない。てか、書くことすら決めていないふうに見える。ザ・ピンチ! 絶体絶命とはこのことである。 「やるっきゃねぇーんだよ」  そうつぶやくと、彼はキーボードに指を乗せた。画面を睨むこと3分経過。画面は3分前と同じまま。一文字も打ち込まれていない。空白すらも何もない。  わたしは彼を見守るだけ。わたしには、それしかできない。わたしは一年前から、これと同じ光景を何度も見守った。彼の毎日は、時間とのチキンラン。それが彼のライフスタイルになっていた。それでも彼は、間...
猫の話

飼い猫信長と野良猫家康(裏切り者)

───裏切り者……信長の心は怒りに震えていた。  屋根の上、仲睦まじく語らう猫。それは紛れもなく家康とケイテイの姿であった───それを目撃した信長は、怒りで身も心も震えていた。ジジイのくせして、お前は孫ほど若い女に手を出すのか? なぁ、家康。そうなんだな? お前、生粋のロリコンなんだな! 初めて外の世界で信頼した男の裏切に世界のすべてが歪んで見えた。歪みの果はてに信長は誓う。俺の殺すリスト。最初に書く名は〝家康〟であると……。 「じゃ、またね♡」 「せやな……お前も、がんばれや」  ケイテイが屋根から降りるやいなや、信長は家康に駆け寄った。 「裏切り者ぉぉぉぉぉ!!!!」  やんのかステップで...
ショート・ショート

偽りの読書感想文

───彼女の気持ちを知るために、僕は、目を塞ぎ、耳を塞ぎ、口を塞いだ。彼女の名は、ヘレン・ケラー……。  夏休みの読書感想文。それが、僕のトラウマだ。  小学四年の春、新学期。島の小学校に新しい教師が赴任した。若い女の先生だった。新しい先生に、僕らは興味津々だったけれど、行動も、言動も、授業も……彼女のすべてがギクシャクしていた。  島の子どもはコミュニュケーション能力に欠ける。意見があっても言葉にできない。考えがあっても文書にできない。つまり……上手く反論できない。それは、どうしようもないことだ。何をするにも高圧的でヒステリック。僕らに手を上げることが何度もあった。彼女の器が小さすぎたのだ。...
猫の話

飼い猫信長と野良猫家康(出会い)

───四国のとある田舎町。  とある民家の瓦屋根の上で、二匹の猫が睨み合っていた……。 「おい、茶色のわけぇ~の! 誰の許可を得て、そこで座ってる?」  大柄なキジトラ猫が、スリムな茶トラ猫を威嚇する。 「うっせーわ。おっさんこそ目障りや! どっか行きぃ~な」  若い茶トラも負けずと応戦。 「はっはーん! お前、飼い猫やな。赤い首輪なんてしやがって。そっか、そっか。世間知らずか。だから、ワイに楯突けるんやな。今日のところは大目に見たるから、家に帰って、ウンチして寝てろ。お坊ちゃまのボンボンに、外の世界は無理やで。外は弱肉強食の世界やからな」 「はぁ? この老害がっ! おっさんの方こそ、ホームレ...
ショート・ショート

悪魔の罠、大気圏再突入

───ピピピピピピ……!!!  大気圏再突入、警報機の悲鳴、PC画面の表示領域から語りかける宇宙飛行士。 「ジャッキー!」  夫が死んでしまう───イザベラは絶叫した。画面に向かって、愛しい夫の名を叫ぶ。ジャッキーの横で新たな表示領域が展開した。そこに、総指揮官ジョーカーの姿が映し出される。 「ジャッキーを助けて! 総指揮官」  イザベラはジョーカーに懇願した。 「奥さん……申し訳ない。ジャッキーは有能な宇宙パイロットだった。我が国のために尽くしてくれた。そして、大切な我々の仲間だった……これから97秒後。大気圏再突入と共に、彼の宇宙船との通信は途絶える。上司として、友として、私からのお願いだ...
猫の話

白い猫

───僕は毎朝、電車の中で彼女を探す。  初めて彼女を見たのは高1だった。同じ時刻、同じ車両に彼女は乗っていた。名前も知らない彼女の姿。それを探すのが僕の楽しみになっていた。高3になった今でも続いている。見てるだけ。それで幸せ。もう、立派な変態さんだな……僕は。とはいえ、この生活も高校を卒業すれば終わってしまう。告ることすらできないだろう。でも、それでいい。あんなに可愛い彼女である。彼氏がいるのに決まってる……。  春休み、夏休み、冬休み。僕はそれが嫌いだった。だって、そうだろ? 何日も彼女の姿が見られない。高校最後の夏休み。窓越しで空が荒れ狂う。僕は二階の自室から、強風で流れる雲を眺めていた...
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透明人間と呼ばれた男

目立たたない人がいる───あれ、いたの? な体質の人。オレもそんな人間だ。ただ違うのは、オレの存在が極端に認識されないことである。透明と言えば聞こえもよいけど、無味無臭な透明人間となれば話は変わる。  いつもそう、いつだってそう。オレの名が認識されても、そこにオレがいると認識されない。厄介なことに、その理由がオレにも分からない。気配を消しているワケじゃない。むしろ……その逆。だから話をややこしくさせてしまうのだ。仲間との会話に混ざって発言だって抜かりないのに、後になって「あれ、いたの?」とは些か悲しい思春期だった。  目立たないオレにだって友達はいる。オレのクラス全員だと言っても過言じゃない。...
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彼女のうんちを、僕は一生忘れない

あの人から目が離せない。  うどん屋で、彼女が僕の目をくぎ付けにした。これが絶対的存在感なのか? 金髪にヤマンバメイク。殺傷力の高そうな長い爪。ラフな服装はパジャマだろうか? 彼女の両脇にふたりの小さなおばあさん。それが、さらに彼女を大きく見せる───戦闘力53万! とっさに、戦闘力たったの5の僕は思った。この人は……強い。  視力が弱い僕だから、美人さんとか、ベッピンさんとか……僕の目を引く原因はそこじゃない───目に見えぬ違和感だ。どうしようもない違和感が、モヤモヤした違和感が、彼女の魅力を引き立てる。ひとめぼれともまるで違う、いうなれば、五感を超えた僕のシックスセンスが反応している。  ...
ショート・ショート

中二病、バカふたりの行く末を

「これ、可愛いだろ?」  お茶袋を指さして、あいつが俺にそう言った。  茶袋には猫のイラスト。そんなことはどうでもいい。こいつの所へ出向いたのにはワケがある。気になることがあるからだ。あいつが小説を書き始めたらしい……その真相を俺は知りたい。  中学時代、俺の夢は小説家だった。身を削る思いで作品を書いた。それを同級生に読ませると、みんなは俺の夢をバカにした。 「これで小説家になるつもり?」 あいつだけが、俺の夢を応援してくれた。 「いいんじゃね? なれよ、小説家に。本になったら買うからさ。買った本にサインしてくんねぇ~か?」  そう言って笑ってたっけ……。  遠い昔の話だ。大人になった俺は、夢...
ショート・ショート

未確認人型巨人、襲来

───2024年夏。うどん県のとある村が一夜にして消滅した。しかし、その真相は政府の手により極秘とされた。調査を重ねた我々が入手した音声データを再生すると、驚愕の証言が記録されていた。これは、その音声を文字に起こしたものである。なお、音声の乱れにより聞き取れない部分には〝ピー〟を代用している。 ───あの夜、何があったのですか?(インタビュアーからの質問)  あの夜は……とてもお月様が綺麗な夜でした……。月の明かりで田んぼがキラキラしていました。私は、夜泣きする娘を抱えて夜のあぜ道を歩いていました。抱っこして歩くと、娘はスヤスヤ眠るのです。子育てで、疲れている妻を少しでも休ませようと思ったので...
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未来のわたしとの約束

───もぉーーーーダメっ!  わたしのストレスが限界だった。ハゲ課長にネチネチ言われるわ、残業は多いわ、給料が上がらないのに物価ばかり上がってさ。OL生活10年目。わたしの堪忍袋の緒が切れた───今日は無断欠勤してやる! 「課長、いつもお若いですね」って言ったらさ「若いと言われたら年を取った証拠だ」って何よ?! 「邪魔だ、ハゲぇ!」って言ったほうがよかったかしら? 考え始めたら余計にムカつく。  いつもの時間、いつもの駅で、いつもの電車に飛び乗って。わたしは、ステキなことを思い付いた……それはとてもステキなことよ。だって「終点まで行ってみよう!」だもの。田舎の空気を吸い込めば、少しは気分が晴れ...
ショート・ショート

4月31日

目覚めてすぐにスマホを開く。SNSとメールチェック。それが朝のルーティーン。昨夜は飲みすぎたのだろう……どうも頭がボーっとしている。はっきりとしない意識の中で、いつものように顔を洗い、いつものように歯を磨き、いつものようにスーツに着替える。朝食はコンビニであんパンでも食えばいい……。 ───ラッキー! 誰もいない。  最初の異変に気づいたのは、マンションのエレベーターの中だった……どういうわけだか誰もいない。覚えてる。昨日は4月30日だったはず。今日が何日であろうとも、水曜日に決まってる……なのにエレベーターには僕ひとり。もしかして……今日って祝日? それとも、ゴールデンウイークだから?  大...
ショート・ショート

桃太郎のイヌの愚痴

鬼ヶ島の帰り道。  金銀財宝を積んだ荷車を引きながら、イヌは浮かない顔をしていた。 「どうした? イヌ?」  後から荷車を押していたサルが、心配そうにイヌの顔を覗き込んだ。 「気に入らない……」  ぽつりとつぶやくイヌに、サルは優しく話しかける。 「オレらさ、何かの縁で鬼退治に行った仲じゃん。それはもう、戦友じゃん? 少なくともオレはそう思ってるよ」  サルの優しい言葉がイヌの心を開いた。イヌは溜まりに溜まった本音を吐き始めた。 「だって、おかしいだろ? モモタロさん。待遇が違うんだよ、待遇がっ!」  サルにはイヌの言葉が理解できなかった。 「ごめんな。オレ、お前の言ってる意味が分からない……...
ショート・ショート

マロカン(壱)

───私は今年で紀寿を迎える。  共に時代を生きた人々は、すでにこの世から姿を消した。紀寿と言えば百歳なのに実感がまるで湧かない。女房と息子も他界した。女房は九十三歳。息子は八十歳で天に召された。人として、ふたりとも長く生きられたと私は思う。人生なんて、それだけ生きれば十分だ。生きれば生きるだけ、長く辛い日々が続くのだから。年老いた動けぬ体で楽しいことなど何もない。長生きなんて先への不安が募るだけなのだが、私の事情は少し違った。  五十歳を過ぎてから、私の見た目がまるで変わらないのだ。身体能力も変わらない。肉体労働だって普通にできるし、私の勇者も朝日と共に立ち上がる。私の意思に逆らって、毎朝、...
小説の話

百歳なのに老いない男の話

僕が相棒と小説を書き始める半年前。僕とタッグを組んでいたのが友人だった。まだ、コロナ禍でお先真っ暗だった頃。友人に僕が考案したあらすじがあった。結果的に、この物語はとん挫した。簡単に言ってしまえば、友人が僕の身を案じたからだ。それほど、僕は触れてはいけない部分に首を突っ込んでいた。全てが僕の空想であるのだけれど、その可能性が否定できない、ひと言で言ってしまえばSFであるのだけれど、政治経済を巻き込んだ陰謀論に近い内容でもあった。それをぼかさず友人に伝えた。そりゃ僕でも、一旦ストップさせると思う。とにかく、時期が悪かった。  そして今、相棒と手を組み僕は処女作を書き上げた。短編1本と長編1本。長...
ショート・ショート

死神チハルのハンバーグ

午前零時……死神チハルが仕事から戻ってきた。 「おっじ、さぁーん! 私はお腹が空いているのですよっ(笑)」  いつもそう、いつだっそう。チハルは窓から飛び込んでくる。 「なぁ、チハル。ただいまは?」 「そうでした。ただいまでしたね。ただいまチハルは戻りましたですよ、へへへ」  チハルは反省したような声で言ったけれど、満面の笑みが全てを物語っている。つまり、チハルは反省などしてない……。 「なぁ、チハル。それそろ玄関から入ってくれない? 急に窓から入ってくるの、毎回ビックリするんだけどなぁ……」 「ビックリはしないでしょ? 窓から隣の女の子が入ってくるのは、少年漫画の定番ですよ」  いやいやチハ...
ショート・ショート

巨大なUFOの黒い影

俺たちは土手にいた。  お日様は暖かいし、やることねーし。川の土手に寝そべりながら、青い空にぽっかり浮かんだ白い大きな雲を眺めていた。俺の隣で寝転んでいるのは、職場の同僚、鈴木である。今年で入社三年目。金なし、趣味なし、彼女なし。こうして転がってりゃ、金もいらない。コンビニでパンとコーヒーを買ってきて、土手でランチがお似合いだ。 「佐藤さんよ、彼女できたか?」  鈴木が俺に聞く。知ってるくせに、そんな上等なのいるワケねぇ。 「そんなのいるわきゃねーべ、知ってるくせして……」  不機嫌気味に俺は答える。 「そうだよなぁ、俺たちいつも一緒にいるもんなぁ」  鈴木が大きくため息をついた。 「なーんか...
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仕事しながら泣く男

その男は、泣いていた。  夜の工場で、泣いていた。  誰もいない深夜作業を会社へ志願し、夜な夜な孤独な作業に勤しむ男がいた。けれど、男の涙を知る者は誰もいない……そう、いないはずであった。ある夜、残業帰りの事務員にそれを見られるまでは……。 「わたし、見ちゃったんです。深夜作業の男の子、泣きながら仕事してるんですよぉ。わたし、びっくりしちゃって……あれは、そう……むせび泣きでした。何て言ったらいいのかしら? 声すら掛けられませんでしたよぉ~」  それが、社長夫妻の耳に入る。  男はバイトである。これまでの真面目さを買われて正社員でもないのに、工場の鍵を預かっている身であった。そんな彼が泣きなが...