
後ろの席の飛川さん〝032 無名とナナシ〟
カフェ・邂逅かいこうには、ふたつの扉がある。ひとつ目の扉を開くと、カフェカウンターのような受付がある。そこで、会員証を提示して、ようやく邂逅への扉が開くのだ。「黄瀬きせ君。ここのルールは三つだけだ。ここから先は、飲食禁止、無言、本は大切に。それだけだ、守れるね」「はい」 指示はないけど、スマホの電源を切るボクである。「いい子だ。飲み物は、ここで注文して、ここで飲む。飛川ひかわ君から預かっているから、お代はいらないよ。何か先に飲むかい?」 ボクはメニューを受け取った。「いえ、後でいいです」「じゃ、読書を楽しんで。あたしゃ、ここにいるからね。用があったら、呼ぶんだよ」「はい」 ゆっくりと、ボクは邂...